コラム

地方自治と危機管理

2010年05月24日(月)12時09分

 宮崎県の肉牛における口蹄疫問題は、アメリカから見ていても大変に深刻な様子が伝わってきます。とりわけ、大味なアメリカ牛肉に囲まれて、和牛の繊細な味へのあこがれを感じてしまう立場からは、その和牛の中でも評価の高い宮崎牛が危機に瀕しているばかりか、全国への仔牛供給にも支障が出そうというのは、何とも心配な状況です。

 肉牛の行方以上に気になるのが、地方自治の問題です。今回の問題は、日本の地方自治あるいは地方分権に関して重要なターニングポイントになると思います。というのは、このケースの場合、色々な条件が備わっているからです。まず、宮崎県の東国原知事が知名度が高く、今でもその言動が全国的な関心を集めやすいポジションにあるということが一点、また知事自身が食に関する宮崎ブランドの拡大に功績がある一方で、その食のブランドが危機に晒されているという厳しい状況が、余計に関心を呼ぶだろうという点も特殊です。

 更にいえば、東国原知事は自民党員ではありませんが、民主党政権とはある種の距離を置いていた政治家であり、そのために、今回の問題には「地方対中央」という対立構図だけでなく、「民主党対自民党」という政争的なニュアンスが絡みがちであるという問題があります。良いことではありませんが、今後のことを考えると興味深いケースです。

 私はアメリカ政治のシステムが、あらゆる点で日本より優れているとは思いません。ですが、今回のような問題が起きた場合には、連邦政府と各州はどんな連携をするか考えてみると、地方分権を進めていった場合に、こうした危機管理において中央と地方はどんな連携が取りうるか、という問題については、アメリカの方が「ひどい事例も含めて」場数を踏んでいると思います。そのいくつかは、宮崎のケースでも参考になると思うのです。

 まず、第1点は、知事職において、執政の成功不成功はそのままその政治家の政治生命に直結するいうことです。このカトリーナの際に、ブランコ知事(当時)が退陣に追い込まれていったケース、カリフォルニアの財政危機を克服できないシュワルツネッガー知事が輝きを失っていっている(現時点では)ケースなど、知事でダメなら「終り」というのがアメリカの場合は明らかです。逆に、カーター、クリントン、レーガンなどは、知事としての実績がそのまま有力な大統領候補として評価され、最終的にホワイトハウス入りするところまで行っています。東国原知事は、以前から国政への関心を口にしていましたが、今でもその情熱があるのであれば、正に正念場と言えるでしょう。逆に危機を乗り切ることができれば、国政に関与するだけの有力な資質の証明になると思います。

 第2点は、政争はロクな結果は生まないということです。例えばハリケーン・カトリーナ被災という大事件や、今回のメキシコ湾の原油漏出事件では、どちらもルイジアナ州が現地となったわけですが、いずれのケースも知事と大統領の党派が異なる状況がありました。カトリーナの際には、当時のブランコ知事が民主党、ブッシュ大統領は共和党で、結果的には激しい政争になりました。被災直後の混乱に関しては、FEMA(緊急事態庁)のブラウン長官という人物がスケープゴートにされたのですが、政争の結果、ブッシュ大統領も、ブラウン知事も政治的には大きな失点を背負うことになったのです。それは危機管理の失敗という結果だけでなく、危機そのものを政争の材料にしたツケは大きいということを示していると思います。

 このカトリーナの際には、ブランコ知事が感情的になって迷走したのに対して、同じルイジアナ選出のメアリ・ランドリュー上院議員(民主)は同じ女性としてブランコ知事を支える一方で、党派の異なるブッシュ大統領とのコミュニケーションも円滑に行って、連邦からの支援引き出しに貢献しています。結果的に、ランドリュー議員はその後も政治生命を保っていることを考えると、やはり危機に際しての政争はしない方が良いということになると思います。現在、問題が進行中である原油漏出問題に関してはどうかと言えば、ジンデル知事(共和党)とオバマ大統領(民主)は、とりあえずBP社を悪者にしていますが、お互いを消耗させるような政争には走ってはいません。

 この点で、宮崎のケースは政争の匂いがどうしても気になります。こうした危機管理においては、政争に走った方が負けだという点で、アメリカの事例は宮崎でも参考になるように思うのですが、どうでしょうか? とにかく、今回の危機管理を契機にして中央と地方の良い連携パターンが出来ていく、そんな前向きのストーリーを期待したいものです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

大型案件が米政権に歓迎されるのは望ましい=SBGな

ビジネス

ECB利下げ支持、今後2会合で─蘭中銀総裁=ブルー

ワールド

焦点:トランプ米政権、結束した敵対勢力に直面 外交

ビジネス

モルガンSのトップバンカー賞与、アジアで最大50%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 3
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピー・ジョー」が居眠りか...動画で検証
  • 4
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 5
    大統領令とは何か? 覆されることはあるのか、何で…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    世界第3位の経済大国...「前年比0.2%減」マイナス経…
  • 8
    トランプ新政権はどうなる? 元側近スティーブ・バノ…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    米アマゾン創業者ジェフ・ベゾスが大型ロケット打ち…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story