コラム

オバマのエネルギー政策はどこへ向かうのか?

2010年04月26日(月)12時02分

 先週のアメリカでは、火曜日に発生したルイジアナ沖海底油田の爆発事故のニュースがトップを独占していました。巨大な油井の構造物が激しく爆発して崩壊し、やがて海中に沈んで行くという映像もショッキングなら、その中で11名の作業員が行方不明になり、日一日とその安否が気遣われて行くというのも悲惨でした。

 この春先には、ウェスト・ヴァージニア州の炭鉱での大規模な爆発事故があり、この時も閉じ込められた人々の安否が気遣われる中、徐々に希望が薄らいでいく報道がありました。この炭鉱事故の場合は、その周辺に宗教保守派の教会コミュニティがあり、希望を信じるのも、最後には家族の死を受け入れるのも宗教がクッションになっていましたが、メキシコ湾の今回の事故に関していえば、行方不明者を気遣う家族や友人の声はストレートなものが多く、それもまた悲劇的でした。

 ただ、この事故に関して言えば、11名の行方不明者の問題だけでは済まないのです。海底油田の油井というのは、海上に人工島を設けてそこに掘削の機械や、原油汲み上げのポンプ設備などが設置されます。その人工島と、海底とは太いパイプでつながっているのです。そのパイプは、更に海底の下の地中に突き刺さって油田から噴出する原油を汲み上げる、そうした構造になっています。

 問題は、その人工島で起きた爆発の結果、人工島とその上の構造物が完全に海中に没してしまったのですが、その後も原油の漏出が止まらないのです。パイプが折れていて、そこから漏れている可能性が濃厚なのですが、折れている箇所が海面に近いところなのか、あるいは海底のところでボキッと折れているのかは現時点では不明です。仮に海底のところ、あるいは海底に近い部分で折れているとなると、ダイバーや潜水艇を使った作業では原油漏れを止めることは非常に困難となります。そんなわけで、環境への影響はかなり深刻になりそう、そんな報道もあるのです。

 この問題は、オバマにとっては政治的にはマイナスです。というのは、民主党の主流派は長い間こうした「原油漏出などによる環境破壊」を懸念して、アメリカ本土の沖合油田の開発には「反対」という姿勢を取ってきていました。これに対して、2008年の大統領選では、共和党のマケイン+ペイリンのコンビは「掘削の再開」を強く訴えていたのです。

 特にペイリン副大統領候補(当時)は、この「沖合油田」について「ドリル、ドリル(掘れ、掘れ)」と選挙戦では絶叫して回り、その「ドリル」という言葉が女性の口から出てくると、微妙に性的なニュアンスを帯びる効果もあって、大喝采を浴びてもいたのです。その辺りには「油にまみれた」草の根保守の「ガラッパチ」な心意気という感性がありました。(一方で、ペイリン女史はアラスカ知事としては、沖合油田掘削よりも絶滅危機動物の保護を言っていたそうで、その一貫性のなさも指摘されていましたが)

 オバマは選挙に勝ってホワイトハウスに入ると、民主党歴代の「沖合油田掘削反対」ではなく、対立候補のマケイン+ペイリンの主張を容れる形で「掘削許可」に動きました。オバマとしては、厳しい経済情勢を受けての現実論へのシフトであり、また草の根保守の感性との全面対決を避けたいという計算もあったでしょう。いずれにしても、オバマ政権としては「沖合油田掘削賛成」の立場を取っていたのです。

 ですが、今回は正に懸念されていた環境への悪影響、それもコントロールの難しい困難な事態に立ち至っているわけです。ですが、オバマはその辺りについて反省を口にしたり、変節を詫びたりということはしていません。逆に、行方不明者の問題に関して、必死になって心配するような声明を出しています。また、この25日の日曜日には、先ほど申し上げたウェスト・ヴァージニアの炭鉱事故の慰霊祭に正副大統領揃って参列し、大統領自身が29名に達したという犠牲に対して丁重な弔辞を読んでいました。

 では、このように沖合油田や炭鉱で貴重な人命が失われ、沖合油田では深刻な環境問題も懸念される中、オバマのエネルギー政策はどこへ向かうのでしょうか? 省エネ技術を経済活動のあらゆる分野に拡大して、とにかくエネルギー大量消費型の社会から脱却しようとしているのでしょうか? グリーン・エコノミーを、今こそ加速させる、それが一連の悲劇へのオバマのレスポンスなのでしょうか?

 どうも、違うようなのです。オバマに取っての「新エネルギー政策」とは、決して「経済成長をスローダウン」しても構わないから「エコ」ということではないのです。具体的に言えば、それは原子力です。安全性を飛躍的に向上させた新世代の原子力発電の推進、こらがオバマ政権の政策なのです。そして、この分野に関しては、他の「グリーン」な技術とは違って、日米は競合関係にはありません。むしろ連合体として、国際競争を戦っているのです。

 また、この点はオバマ大統領と鳩山首相が心の底から共感しあえる珍しい点でもあります。そうした日米関係の文脈における特殊な事情は別としても、賛成するにせよ、反対するにせよ、この「新世代原発」を中心に据えたオバマのエネルギー戦略については、しっかりと理解して行く必要があると思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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