コラム

激化するアメリカの大学入試事情

2010年04月23日(金)13時09分

 アメリカの大学入学選抜は、日本のようなペーパー試験一発勝負とは違います。入試事務室に必要な書類を提出して、主として書類審査で行われます。この大学入試ですが、長い間、例えば日本や韓国に比較すると、そんなに熾烈なものではありませんでした。とにかく入れる大学に入っておけばいい、お金をかけるのは大学院でいい、専門が決まって実力が伸びればそこからが勝負、というような理由で「大学入試」自体はそれほど深刻な位置づけではなかったのです。

 ですが、昨今このあたりの事情はかなり異なってきました。まず、中国や韓国など、教育熱心な国からの直接の留学生や、移民の二世三世などが「やはり学部のうちから高名な大学に」という文化を持ち込んできたのが1つ、それから長引く不況の下で「できるだけ就職に有利な大学へ」というモチベーションが広がっているということから、入試の競争は激化しつつあります。

 例えば、アイビーリーグという東北部の伝統校8校に、これと同格とされるスタンフォードとMITを加えた「トップ10」について、出願総数に対する合格率は、2007
年(13.14%)、2008年(12.32%)、2009年(11.29%)と下がってきており、競争の激化トレンドはハッキリしています。(「ヘンルナンデス大学コンサルティング」調べ)今年のデータはまだ出ていませんが、非公式の数字としては一気に8%台になったという報道もありますし、私の周囲の、例えば地元の高校での様子などからすると、相当激化しているようです。

 数字の裏付けはありませんが、今年の傾向としては次のようなことが挙げらるようです。まず、アイビーなど伝統校では、スポーツの実績が「必須条件」にようで、かなり優秀でも、独自の研究テーマを持った学生以外は、スポーツを真剣にやって来ていないと合格していません。「健全な精神は健全な肉体に宿る」というだけでなく、スポーツを通じたスケジュール管理や長期間にわたる自己研鑽の姿勢、コミュニケーション能力(アメリカの体育会カルチャーは「上に立つ人間ほど人格者」が理想とされる)などの点から、スポーツが重視されているようです。

 また、数年前に、SAT(全国統一テスト)で2400点満点を取ったにも関わらず、プリンストン大学を不合格になった学生が、同大学を告訴するという事件があり、結果は大学が勝訴していますが、この事件以降、各大学は益々「学力だけの学生、大学のブランドに憧れて入学が自己目的化している学生」は排除する方向に動いているようです。

 その他の傾向としては、冷やかし受験と思われると(他州からの応募、統一フォームでの安易な応募)相当に優秀な学生でも不合格になるということがあります。書類選考のために、早期専願制度以外の枠ではほぼ無限に出願のできるアメリカの大学では、併願による辞退者対策が頭の痛い問題としてあり、その点で合格通知を出す際に非常に慎重になるようです。

 こうした「合否基準」の背景には、アメリカの高等教育における「理想の学生像」というものがあり、それがアメリカの高等教育の国際競争力になっているのです。その点はその点で話せば長いことになるのですが、それはともかく、こうした「大学入試の激化」は今後、アメリカの教育にどんな影響を与えていくのでしょうか?

 1つは、アジア圏のような早期教育のニーズが高まるということがあります。ペーパーの学力だけでなく、スポーツや音楽などでの組織内コミュニケーション能力を含めての早期教育ということが、更に注目を浴びるでしょう。そして、現在すでに成立している、高校レベルの塾や受験コンサルタントといったビジネスが更に流行することが考えられます。

 こうした「過熱」の先には、恐らくは「入試の透明化、客観化」の要求が親や学生から出てくることも考えられます。アメリカの合否基準は、確かに秘密のベールに包まれています。例えば、伝統の継承者と破壊者を一定の割合でミックスして採るとか、先ほど申し上げたように「入学が手段ではなく目的である」学生を排除するといった、一見すると主観的な選抜も行われているようです。

 ですが、アメリカの大学は、そのようにして「研究レベルを確保し」「ビジネスでの成功者を輩出し」「授業を活性化する」ために緻密な入学選抜ノウハウを蓄積してきているのです。主観的に見える「秘密の合否基準」にも、その背後には膨大なデータがあり、「併願による辞退者」を減らすだけでなく、入学後に「燃え尽きる学生」をどう減らしてゆくか、そして学風の維持と自己革新をどう進めていくのかを考えながら、出願者全員のレジメ(履歴書)に向きあっているのだと思います。

 仮に、アジア圏などの留学生が更に増加する中で、万が一この「合否基準の透明化」が行われてしまうようですと、折角の大学の活力が失われてしまう危険もあるわけで、そのあたりで激しい論争に発展する可能性もあります。いずれにしても、アメリカの大学入試は当面の間、益々激化していくでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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