コラム

アメリカの知事はどうして大統領になれるのか?

2010年04月21日(水)12時19分

 アメリカでは、州知事経験者が大統領になる例が数多く見られます。むしろ、国政経験者、特に連邦議会の議員が大統領になる例より知事経験者の方が多いくらいです。例えば、現職のオバマは現役の上院議員でしたが、その前のブッシュはテキサス州知事、更にその前のクリントンはアーカンソーの知事で、この2人の場合は連邦議会議員の経験はありません。

 今回、日本でも地方発の「首長新党」や「地域新党」なるものが旗揚げされていますが、そこにはこうしたアメリカ型の発想が見られるように思います。議会で数の中に埋没したり、特定の得意分野を中心に根回し型のコミュニケーションをしてきた人よりも、地方自治体を代表した経験のある人の方が、リーダーとして可能性が感じられる、そんな感覚も底にはあります。

 ですが、こうした「首長から国政へ」という動きについて、日本とアメリカでは決定的に条件が違う点があります。その辺りを踏まえないと、折角の地方発の改革というアイディアも空回りに終わってしまうでしょう。

 まず、日本の場合は地方の首長は直接公選で選ばれますが、国政の場合は議院内閣制となっています。ですから、大衆的な人気を獲得するのが上手な政治家が、仮に地方の首長として高い評価を獲得しても、イザ国政ということになると、議員集団の中で政党の代表選挙に勝つだけでなく、政党内の政治力学を常に勝ち抜いて行かなくてはなりません。この点、知事も大統領も公選というアメリカとは事情が違います。

 また、地方も中央も巨大な終身雇用官僚組織が実質的に大きな権力になっている点が、日本はアメリカとは決定的に異なります。新しいリーダーが民意を得て、新しい政策を実行しようとしても、官僚組織を動かせないと先へ進まないわけで、今のところは「地方で役人と戦ってくれた人なら、中央でも役人と戦ってくれるだろう」的な期待に止まってしまうわけです。実質的にその州のCEOとして経済と雇用を立て直した実績があり、それを国政レベルでも期待するような形でホワイトハウスに送り出す感覚とは違います。

 一番の違いは、アメリカの場合は中央も地方も比較的共通の「民主党のアメリカ 共和党のアメリカ」という対立軸が存在することです。大きな政府か小さな政府か、公的な格差是正か自発的相互扶助か、といった軸の中での立ち位置と実行力が地方で試されていれば、その政治家の中央での可能性も見えてくるのですが、日本の場合はこのあたりが混沌と言いますか、曖昧模糊となっているのが気がかりです。

 そんなわけで、首長新党が機能していく条件としては日本の場合は厳しいものがあるのですが、それでもこうした試みには意義はあると思います。例えば、巨大官僚組織の扱い方ですが、自民党政権がある意味で官僚制に乗っかる形での「途上国型独裁」を続けていた一方で、現在の民主党は官僚組織を破壊もできず活用も出来ず「副大臣が駆けまわり、仕分け人が恫喝する」という意味不明の停滞に至っているわけです。その点で、地方公共団体で成功したリーダーシップのスタイルで、しっかりしたブレーンを持ち、官僚制を効率化しつつ生かす部分は生かすといった意味のある改革ができれば、首長新党の方向性には意味が出てくるでしょう。

 ただ、その点では90年代までに細川護煕氏なり片山善博氏などが行った提言に重要な論点は出ているように思います。とりあえず、「地方で官僚を叩き、コストカッターで成功した」から「中央でも暴れてくれるだろう」という無責任な「壊し屋」イメージで人気や票を集めるのは止めてもらいたいものです。制度の限界はあっても、とにかく「稼ぐ」部分も含めた経済と社会活力の再生を軸に、意味のある提言を行ってもらいたいわけで、その際にアメリカの「知事から大統領へ」パターンの成功事例は参考になるのではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

IT大手決算や雇用統計などに注目=今週の米株式市場

ワールド

バンクーバーで祭りの群衆に車突っ込む、複数の死傷者

ワールド

イラン、米国との核協議継続へ 外相「極めて慎重」

ワールド

プーチン氏、ウクライナと前提条件なしで交渉の用意 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 8
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story