コラム

トヨタ「部品腐食」リコールはこれまでで最悪のケース

2010年04月19日(月)10時00分

 一連の「トヨタバッシング」が一段落したと思ったら、レクサスGX460の「非常識なスピードでカーブを曲がると横滑りする」という雑誌の中傷で販売停止という「過剰反応気味の」クレーム問題が先週出ており、問題再発というイメージを持たれた方も多いと思います。そこへ更にミニバンの「シエナ」の「部品腐食」問題で60万台とか74万台のリコールという報道が続いています。

 ですが、この「部品腐食」問題のリコールはこれまでの中でも最悪の部類に属するように思うのです。それは危険性が最悪という意味や、品質管理として最悪という意味ではありません。この問題について過剰反応することのバカバカしさ、ライバルのデトロイト勢との戦いの中でバカ正直にやっても無意味という面で、最悪だと思うのです。

 問題は、スペアタイヤの留め具が腐食してタイヤが落下し、最悪の場合は後続車が事故を起こす可能性がある(事故例の報告はありません)というのです。米国の北部では降雪時に塩を中心として融雪剤をまくのですが、その塩分が留め具に付着すると腐食するという欠陥がある、だから留め具を交換するリコールを行うのだそうです。

 確かに米国北部では塩で融雪をします。日本の豪雪地帯のように温水を使った融雪システムはありません。以降は、私がこのニュージャージーという北部の降雪地帯に17年間住んでクルマを運転し続けてきた、そして各社のディーラーや整備工場、あるいは地域の人々とクルマについて語り合ってきた経験からお話しすることにします。勿論、このニュージャージーも塩で融雪をしますし、「シエナ」のリコール対象地域に入っています。

 どうして塩をまくのかというと理由は簡単です。降雪時には温度が氷点下10度とか15度まで下がるので温水を使った融雪システムは機能しないからです。また真冬でも寒暖の差が激しいのと根雪にならないことから、乾燥時に道路が損傷するのを防止するため、スパイクタイヤやチェーンは全州で禁止されています。ですから、凍結を防止する安価で効果的な対策として塩を使った融雪剤が思い切り使われるのです。

 塩をまくということは結果的に車体に塩が付着することになります。あまり放置すると、塩で車体が痛みますから長く同じクルマに乗ろうと思う人はこまめに点検をしたり、洗車をしたりして車体の特にボディの底部に塩がつきっぱなしにならないように注意するのです。その際に、何が一番心配かというと、マフラー(排気ガスの消音器)と今回問題になったスペアタイヤの留め具です。アメリカの北国に住む人は、そうした塩害のことは分かっているのです。ですから、塩を落とすこと、あるいは点検などでボディ底面の腐食を気にするというのは常識になっているのです。

 これに加えて、昔からデトロイトのクルマについては「塩で腐食した」ためにボディ底面の部品が落ちるというのは(全くほめられた話ではないですが)常識でした。走っていて動かなくなったクルマがいると、その後ろに落下したマフラーなどが落ちている、そんなシーンは(最近は品質向上で減りましたが)アメリカ北部では当たり前、とまでは言いませんが誰でも目撃したことがあると思います。中古を含めれば、マフラーやスペアタイヤの留め具が「塩で腐食してやがては落ちそうな」クルマというのは、今でも沢山走っていると思います。

 そんなわけで、アメリカの北部の人にとっては「塩のために腐食して部品が落下する」という問題はたいへんに親しみのある問題なのです。また多くの自動車メーカーにとって、とりわけ品質を売り物にしているトヨタの場合は、そうした「部品の腐食落下」を防ぐということは、ここ20年ぐらいの自動車の品質向上の流れの中で、具体的に取り組まれてきたことだと思います。

 その中で、今回問題になった「シエナ」は、私の推測ですがデトロイトのライバルたち、あるいは他の日本車や韓国車と比較しても、まともに対策を講じていた方ではないかと思うのです。アメリカ北部のドライバーは、この塩害については、みんな気をつけています。一方で、部品の腐食落下の危険性に関しては怪しいクルマはたくさんあります。

 今回は、落下事例があった(事故にはならなかった)というのでリコールになっていますが、この基準でリコールをやったら、ライバル車はほとんど全滅でしょう。逆に「シエナ」でリコールをやったので、同じ基準でライバルも右へならえとするかというと、そんなこともないと思います。そうした状況があるにも関わらず、まるで日本の「ガラパゴス的なコンプライアンス潔癖症」と、現在進行形の「トヨタバッシングを早く収束させたい焦り」が妙な化学変化を起こして過剰反応に至っている、現時点ではそう考えるしかありません。

 こんなことが繰り返されると、本当にトヨタの経営基盤は弱くなってしまいます。トヨタは、早く冷静さを取り戻すべきだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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