コラム

オバマの「新核戦略」にサプライズはあるか?

2010年04月07日(水)12時20分

 6日の火曜日、オバマ大統領はアメリカの新しい核戦略を発表しました。「NPR(核体制ビュー)」という通常は機密扱いとなるアメリカの核兵器に関する戦略を、大統領自身とゲイツ国防長官がオープンにしたこともさることながら、そのNPRの中で、新世代の核弾頭の開発を中止するとか、核拡散防止条約(NPT)加盟の非核国に対しては先制核攻撃を行わないなどという内容からは、オバマらしい「非核」の姿勢が感じ取れます。

 ですが、内容を実務的に検証して見ると、アメリカとしてはそれほど大きな戦略の変更を行っているとは思えません。むしろ、これまでの延長で当然出てきた内容であり、例えばこの新しいNPRによって抑止力が著しく低下するということはないと考えられます。

 この新NPRですが、いかにもオバマ=ゲイツ路線らしいのが、新世代核弾頭の開発を中止したという部分です。背景には、3つの問題があります。まず、コストの点で仮に新世代の弾頭を開発するとなると、現在の財政事情ではその負担はたいへんなものになります。また、米として新世代の弾頭を一切開発しないというのでは、抑止力に揺らぎが出てくるという懸念も予想されます。こうした批判に対しては、仮に何らかの理由で裕福な国がそうした新しい弾頭開発に乗り出すようなことがあれば、それは交渉で潰すという姿勢が埋め込まれていると言って良いでしょう。

 更に、思い切った宣言の裏には、これからの原子力技術は徹底的に平和利用で推進するという意図も含まれているように思います。オバマ政権は「核軍縮」を基本方針に掲げていますが、反原発ではなく、それどころか安全性を飛躍的に向上させた新世代の原発をどんどん建設する方針を出しています。そちらは、思い切って進める、従って原子力技術に関する人材は軍需ではなく、民需で吸収するという意志も、この宣言には含まれているように思います。

 NPTを遵守する非核国には核攻撃を行わないという宣言も、当たり前といえば当たり前の話ですが、この言い方の裏にはイランと北朝鮮へのプレッシャーは維持するというメッセージが入っている、それはその通りだと思います。この2カ国に加えて、(原理主義的な政権のできた場合の)パキスタンに対してもかなりの脅しが入っていると見るべきでしょう。一見するとソフトな宣言です。そして、ブッシュ時代の「とにかくアメリカは核の先制攻撃をする権利を保持する」という姿勢の方が勇ましく聞こえます。ですが、オバマの言い方の方が北朝鮮、イラン、パキスタンに関しては、メリハリを効かせているとも言えるのです。

 では、昨年の「プラハ宣言」で掲げた最終的な核兵器廃絶という方針との整合性はどうでしょう? この「プラハ宣言」を理解するには、現時点での現実論と、長い目で見た理想論を「区分けしつつ連続性も否定しない」絶妙なバランス感覚を認める必要があると思いますが、今回の新NPRも正にその論法に乗っていると言えます。

 そんなわけで、この新NPRは、正にオバマ=ゲイツ流の真骨頂というべきでしょう。別の言い方をすれば、それほどのサプライズではないとも言えます。

 ですが、問題も残っています。それは、このような「高級な」政策というのは票にならないということです。恐らく「ティーパーティー」などの草の根保守は「これでも」アメリカの威信を損なうなどとブーブー言い出すでしょう。一方で、民主党の本流の方は、依然として景気と雇用のことで頭が一杯だからです。

 理念と現実論を巧妙に組み合わせたオバマ流の政策は、仮に全てがうまく行くようになればオセロゲームの終盤での大逆転のように、一気に支持が回復して行く可能性があります。そのためには、とにかく景気と雇用の好転、それも市場だけでなく生活実感に届くようなハッキリした成果を出すことが必須だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

香港の大規模住宅火災、ほぼ鎮圧 依然多くの不明者

ビジネス

英財務相、増税巡る批判に反論 野党は福祉支出拡大を

ビジネス

中国の安踏体育と李寧、プーマ買収検討 合意困難か=

ビジネス

ユーロ圏10月銀行融資、企業向けは伸び横ばい 家計
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story