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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「第一志望はゆずる」アメリカの高校生
アメリカの高校生の多くにとって3月というのは、ドラマチックな月です。というのは、一部の学生が早期専願(アーリー・ディシジョンというもので11月出願、12月合否通知)で合格内定を貰っている一方で、レギュラースケジュールという通常の出願については、この3月末が合否発表のタイミングになるからです。昔は、毎日のように郵便受けを見に行って薄い封筒だとガッカリして、厚い封筒(入学手続き書類が入っている)が来ると飛び上がって喜ぶという感じでしたが、今はまず本人にメールが行くか、あるいは大学のサイト上の本人のアカウントを見て結果を知るというのが主流です。
ところで、アメリカの大学の新学年は8月下旬から9月のスタートです。にもかかわらず、ほとんどの合否通知が3月に行われるのはどうしてなのでしょう? 例えば、日本の場合ですと例えば国立大学(最近は独立法人だそうですが)の場合は、3月23日に後期の合格発表、翌日から入学手続き、翌週から健康診断などという日程で、合否発表から入学までほとんど時間がありません。これに比べると、アメリカの場合は合否通知から入学まで、ほぼ5カ月弱の期間があるわけです。この長い時間は何のためなのでしょう?
それは授業料が高額なため、入学までに色々な手続きや慎重な判断が要求されるからです。まず、合否通知を3月下旬に受け取るためには、前年の年内に願書を出すのが一般的です。この願書(内申書、統一テストの成績、推薦状、本人の書いたエッセイ、履歴書など)を基に合否が判定されるのですが、これにやや遅れて2月締め切りぐらいのタイミングで「奨学金申請」を行うのが普通です。この奨学金の申請は、前年の確定申告書やその時点での預金や投資残高を申告するもので、政府の行うもの(FAFSA)と民間の行うもの(CSS)があり、どちらも厳格なものです。
さて、一般的な高校生の場合、3月以降の流れはどうなるのでしょう。まず、早期専願をやっている以外の学生は、通常ですとレベル的に幅をもった複数の大学に出願するのが良いとされています。第1志望群は「ドリーム・スクール」、第2志望群は「バックアップ・スクール」などと良く言います。この場合に、第1志望群は「受かりそうもない高望み」で第2志望群は「自分の実力で入れそうな良い学校」という選び方はしないのです。受けてもダメな種類の(統一テストの点数や内申書から考えて無理)大学には普通出願しません。受かりそうな範囲で、上のランクを「ドリーム」、その次のランクを「バックアップ」として出願します。全体的には3校から7校ぐらい出願するのが普通のようです。
仮に「ドリーム」を2校、「バックアップ」を4校出願したとします。普通はそのバックアップの中には、自分の居住している州の州立大学を入れます。それは学費が極端に安くなるからです。また隣接州の州立でも割引が受けられますし、仮に割引がなくても州立は一般的に私立より安くなっています。この人は、バックアップとして他州の州立1校、自分の州の州立1校、私立を2校というチョイス(まあだいたいそんな作戦にする学生が多いようです)にしたとしましょう。
すると、合否の連絡は3月末に、そして4月の中旬までに学力ベースの給付型「メリット奨学金」や、支払能力を考慮した給付型の「ニード奨学金」の通知があります。他にも大学の斡旋するもの、政府の斡旋するものなど低利のローンもありますが、大学を選ぶときにはとりあえず給付型だけを取り上げて考えるのが一般的です。さて、全国ルールとして大学に進学するための保証金(100ドルから300ドルぐらい)の締切が5月1日ですから、この日までに少なくとも1校に絞り込まなくてはなりません。
ではどうするのか? この人の場合、恐らくこんな感じになると思います。
(1)ドリーム私立その1、授業料40000ドル ー 奨学金5000ドル =要支払い額35000ドル
(2)ドリーム私立その2、授業料40000ドル ー 奨学金9000ドル =要支払い額31000ドル
(3)バックアップ私立その1、授業料40000ドル ー 奨学金18000ドル =要支払い額22000ドル
(4)バックアップ私立その2、授業料40000ドル ー 奨学金28000ドル =要支払い額12000ドル
(5)バックアップ州立(他州)、授業料18000ドル ー 奨学金4000ドル =要支払い額14000ドル
(6)バックアップ州立(自州)、授業料9000ドル ー 奨学金ゼロ =要支払い額9000ドル
話を単純化するために私立の学費は4万ドルに揃えています。また、とりあえず大学のランク(入学者の平均学力、就職後の展終平均などのランク)は1から6の順とします。ちなみに、州立大学の給付型奨学金は本当の貧困層に手厚くなっているので、私立よりは平均的には渋くなっています。
このゲームのルールは比較的単純です。自分の実力以上の大学に「ギリギリ」で入ると、奨学金はほとんどつかないのです。例えば、この人の場合はドリーム・スクールの2校の場合ですと、4年間で寮費その他を入れると1千万円コースですから、一般的な家庭ではほぼ無理でしょう。では、どうして出願したのかというと「ひょっとすると奨学金がたくさん貰えるかもしれない」と思って出したのです。結果は合格でしたが、十分な額はつかなかったというわけです。
恐らくこの人は、進学先を(3)から(6)の間で選ぶことになるでしょう。寮費やローンを組むとしたらその条件、また将来の就職の可能性、自分の専攻学科の競争力、生活環境と自分のライフスタイルのマッチングといった観点から悩み、そして5月1日までに1校に絞るのです。
つまり、アメリカの高校生は余程の富裕層に生まれた場合や目的がハッキリしている場合を除けば「第一志望校には行かない」可能性があるのです。日本の場合は、「志望校が母校になる(代ゼミ)」「第一志望はゆずらない(駿台)」などの予備校のキャッチコピーにもあるように、第一志望に受かれば行くという学生がほとんどですが、アメリカはそうではないということです。
ところで、どうしてアメリカの大学は学費が高いのでしょう。理由は単純で、大学自治の伝統から私学助成金制度がなく、また国立大学が存在しないこともあって、連邦政府の大学への固定的な経済支援はゼロだからです。従って、大学は厳格な独立採算におかれており、収入のほとんどを学費と寄付金に頼っているからです。
いくら大学の自治だからといって、年間の授業料が300万円から400万円では富裕層しか行けないし、学資ローンを借りると「貧困への転落」が待っている・・・堤未果さんの近著「貧困大国アメリカ2」を読んだ方はそんな印象を持ったかもしれません。ですが、実態は違うのです。多くの高校生が「第一志望をゆずる」ことで、給付型奨学金をゲットして、コストの節約をしているのです。では、実力に見合う教育が得られないのかというと、そうでもなく、仮に入学後に良い成績を取ればより上位の大学、それこそ以前は「ドリーム」と思っていた大学へ「給付型奨学金つき」で転入するオファーを得ることも可能なのです。
そんなわけで、5校や6校から合格通知が来たとしても、アメリカの高校生の悩みはつきません。とりあえず奨学金の通知を待って4月中に結論を出し、残り少ない高校生活を謳歌した後は、夏休みになると学資を稼ぐためにバイトに励む学生が多いのです。中には、夏季学校で先取りの単位取得をして、更なる奨学金や3年での卒業という究極のコストダウンを狙う学生もいます。
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