コラム

日米政局、混迷の状況には相違も

2010年03月12日(金)15時27分

 発足1年を過ぎたオバマ政権、半年を迎えようとしている鳩山政権、日米の新政権はそれぞれに運営に行き詰まりを見せています。その両者は今年の半ば以降にそれぞれ国政選挙の洗礼を受けるという状況もソックリです。ですが、詳しく見てゆくと日米の政局の構造には相当な違いがあります。

 まず、鳩山政権の場合は、中道左派的な味付けの理想主義的な政策を掲げたものの、税源や実行プロセスの非現実性などから実行は遅々として進んでいません。ある意味では、素人の集団が巨大な民意の期待に応えられずに立ち往生しているという趣です。一方のオバマ政権も、例えば医療保険改革のように中道左派的味付けの理想主義的な政策を掲げて当選しながら、実行ができずにいます。ですが、その原因は鳩山政権の停滞とは違う理由があるのです。オバマの医療保険改革について言えば、財源はあります。少なくとも、危険水域まで国債発行を増やさなくても対応できるという点で、キャッシュフローについては心配はないのです。

 問題は、保守派を中心とした強力な反対に遭って立ち往生しているということで、この点が鳩山政権の例えば「子ども手当」とは違います。「子ども手当」など日本の新しい政策については、反対もありますが「悪い考えではないが、財源が問題だ」というのが反対論の中心で、それに「納税者基準だと合法滞在の外国人と、その国外の被扶養者の一部」まで入ってしまうなどテクニカルな反対論が最近出てきただけです。

 ところが医療保険改革に関するアメリカの反対論はそんな甘いものではありません。「家族の健康を守るのは自己責任」「怠惰な貧困層救済のために任意の寄付ならやるが、国家権力が徴税権を振りかざして来るのには断固抵抗する」といった、ほとんど「国のかたち」や「人生観」の次元で相入れない勢力が伸張しているのです。オバマ大統領は、これに対しては粘りの一手です。議会案の最も現実的なものをベースに、いかに悪用を防止するか、財源を明確化するかなど必死の努力を続けていますが、現時点ではまだ行方は不透明です。

 では、今年の国政選挙の行方ですが、まず鳩山民主党の方は、余程のことがない限り大敗という可能性は低いようです。今回の「密約」にしても、経済の不振についても、世論としては「民主がダメなら自民」に戻そうという民意は出てきていません。現在の閉塞感を乗り越えるような提案が既成政党から出てくるという期待そのものが低い中で、失敗した現在の責任を過去に求めて、隠蔽された過去を暴いたり、過去の延長としての歪んだ既得権にメスを入れる、それが本当は時間の浪費であっても、政治的な得失点差になってしまうからです。

 一方のオバマ政権は、そのような閉塞感に引きずられたり、閉塞感を利用できたりということはありません。ズバリ、公約を実現できるかが問われています。では、医療保険改革の停滞は政治的失点になるのでしょうか? 失点ではあります。ですが、決定的ではありません。というのは、政治的に理由があります。まず、国論が賛否に分裂する中で、右と左が組むことはありません。勿論、この医療保険問題では、右と左に分裂した勢力がオバマの足を引っ張っているのは事実ですが、その両者は政治力学として中間的な案を潰すように動いてはいても、手を組むことはないのです。

 問題は共和党です。サラ・ペイリンを象徴的なリーダーに担ぐ「ティーパーティー」運動が党内党として、勢力を伸ばしているのですが、これがクラシックな共和党穏健派をどんどん潰しながら増殖しているのです。アリゾナでは「マケインおろし」に続いて、ダン・クエール元副大統領の息子が下院に出る構えだそうですし、テキサスでは「公立校で宗教教育を」などという主張が出てきていて、とにかくやりたい放題になっています。現時点では、共和党が中間選挙については優位な戦いを進めていますが、この「宗教右派+アンチエリート怨念」のモンスターというべき「ティーパーティー」が調子に乗りすぎると、無党派票の離反など思わぬ副作用もあるかもしれません。

 非常に単純化して言えば、共和党が右に引っ張られすぎるような「敵失」に陥った場合、そして景気の回復基調が強固になった場合には、オバマは中間選挙で善戦して、2012年の再選への道筋が出てくるように思います。その一方で、鳩山政権は、仮に公明党が入って連立を組み替えたとしても、過去の清算でまだまだ数年は政治的得点が出来てしまう中で、真の成長戦略、真の日本若返り策を実現できないまま、ズルズルと続くことが予想されます。仮にそうなったときには、日米はそもそも目指すものが大きく異なってくるかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、ウ和平交渉で立場見直し示唆 トランプ氏

ワールド

ロ、ウ軍のプーチン氏公邸攻撃試みを非難 ゼレンスキ

ワールド

中国のデジタル人民元、26年から利子付きに 国営放

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、11月は3.3%上昇 約3年
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story