コラム

次回2014年のソチ冬季五輪は大丈夫か?

2010年02月15日(月)11時27分

 2年前の北京五輪、国威発揚そのものの派手な開会式が行われている丁度その時に、グルジアのサーカシビリ大統領は同国領でありながら、実質的にロシアの支配を受けている南オセシア州の州都ツヒンバリの「奪還作戦」を開始しました。その結果は、ロシアの迅速な反撃を受けてグルジア軍は撃破され、結果的に南オセシアへのロシアの支配権は強固になってしまっています。この問題に関しては、サーカシビリ大統領の勇み足としか言いようがありませんが、直後に囁かれた政権の動揺は何とか乗り
切ったようです。

 一方でロシアは、この紛争で対グルジアに関しては一層有利な状況となりました。今回のバンクーバー五輪の次の2014年は、いよいよロシアの黒海沿岸のリゾート、ソチ市での開催になりますが、このソチから近い場所に、アブハジアという同じようにグルジア領内でありながらロシアが実質的に支配している土地があります。つまり、アブハジアが動揺していてはソチ五輪は不穏な雰囲気に包まれる可能性があるのですが、今現在のロシアとグルジアの関係で言えば、ロシアが押し気味の中での安定があり、これがこのまま維持されれば五輪も開催できるでしょう。

 今回のバンクーバーでは、そのグルジアのリュージュの選手が練習中に事故で死亡するという痛ましい事件があり、久しぶりにグルジアという国が脚光を浴びました。サーカシビリ大統領は、IOCの「コースに欠陥はなかった」という説明には反発しているものの、同国内にある新しいリュージュの競技コースを死亡したクマリタシビリ選手の名前を記念につけるそうです。もしかしたらクマリタシビリ選手の夢を継承したグルジアの選手たちが成長し、そのコースで練習した成果としてソチ五輪に出場させたい、そんな機運が生まれるかもしれません。そのために国交を回復して五輪に参加し、更にそのグルジアのリュージュのチームが好成績を収めるようなことにでもなれば、両国のドロドロした歴史も少し落ち着くかもしれません。

 ただ、こうした見方はやや楽観的すぎます。というのは、ブッシュ政権ほど露骨ではないものの、アメリカのオバマ政権は背後からグルジアを支援し、このオセチア紛争、更にはその背後にあるチェチェン紛争に関して、ロシアにじわじわと圧力をかける気配もあるのです。歴史認識と領土問題で積年の仇敵であるトルコとアルメニアを和解させている延長で、同じく「ナゴルノ・カラブフ」問題を抱えるアルメニアとアゼルバイジャンを和解させることができると、カフカスから小アジアの広大な地区が親米になって安定します。そうなれば、イランへの北からの圧力、イランとロシアの分断、そしてチェチェンとオセシアへの南からの圧力として機能します。

 オバマは漢方薬的に、こうした戦略を取ってロシアとイランにプレッシャーをかけようとしていますが、仮にそれが対立エネルギーを拡大するようなことになれば、やはりソチ五輪の周辺環境は悪化します。ちなみに、オバマは、サーカシェビリが2008年の8月に失敗したのと同じように、このバンクーバー五輪の開会式の「ドサクサ」に紛れて、アフガンでの大規模な掃討作戦に出ています。ターゲットは西南部ヘルマンド州のマージャ、タリバンの麻薬ビジネスの拠点と言われている戦略の要衝です。

 米軍とNATO軍としては、かなり周到に計画をしていた作戦のようですが、作戦2日にして民家に対してロケット弾での誤爆が発生、12名の民間人を死亡させたというニュースが流れてしまいました。アメリカはあっさり謝罪に追い込まれています。やはり五輪の開会式に隠れて軍事行動を起こすというのは、国際世論に対して後ろめたいところがあると言われても仕方がないわけで、情報戦を含めた戦闘としては不利な戦いになるのだと思います。

 ここのところ、オバマ政権は、国内の雇用や景気の問題で低迷した支持率を挽回しようとでもするかのように、イランにプレッシャーをかけ、中国に強めのプレッシャーをかけています。これに加えて、アフガンでの難しい戦いを抱えるという、かなり苦しい状況になってきました。2014年のソチ五輪が平和な雰囲気の中で開催できるかどうかは、ロシアとグルジアの関係というローカルな問題もありますが、オバマ政権が再選されるかどうか、更に2期目においてはクリントン政権のような景気回復と財政再建ができるかどうか、こちらの事情に大きく左右されるように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:「イランの脅威」除去望む湾岸諸国、当初の

ビジネス

日産が九州工場で1週間約1200台減産へ、中東情勢

ワールド

UAE、原油生産が半分以下に ホルムズ海峡封鎖で油

ワールド

アフガン首都病院にパキスタンの空爆、400人死亡=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ネタニヤフの指が6本」はなぜ死亡説につながったのか?
  • 3
    住宅建設予定地に眠っていた「大量の埋蔵金」...現在の価値でどれくらい? 誰が何のために埋めた?
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 6
    「筋肉はモッツァレラと同じ」...なぜウォーミングア…
  • 7
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 8
    幼い子供たちの「おぞましい変化」を克明に記録...「…
  • 9
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 7
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 8
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 9
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story