コラム

「親日」のペイリン女史は本当に日本の味方なのか?

2010年02月08日(月)12時53分

 一昨年の大統領選で、共和党初の女性副大統領候補として話題になった、サラ・ペイリン前アラスカ州知事ですが、知事退任後も著者がベストセラーになったり、人気は衰えていません。最近では「ティーパーティー運動」という「小さな政府、強い国防」を掲げる「草の根保守運動」のマドンナ的な存在に祭り上げられ、今年の中間選挙における共和党の「応援団長」と言われています。更に、2012年の大統領候補としても「世論としての真剣味は半分としても」現時点ではトップランナーのような雰囲気です。

 そのペイリン女史は、2月6日にテネシー州のナッシュビルという、カントリー・ミュージックの中心地であり、正に草の根保守のイメージぴったりの土地で行われた「ティーパーティー・コンベンション」に招かれて、基調演説を行いました。演説自体は保守イデオローグの仲間内のもの、それ以上でも以下でもありませんでしたが、保守派のFOXニュースは当然として、CNN、MSNBCといったニュース専門局も、質疑応答を含めた1時間をCM抜きで全て生中継するなど、まるで大統領並の扱いでした。

 それにしても、演説はかなり極端な内容で「私の息子が(陸軍の志願兵)命をかけて守っている合衆国憲法に規定されている黙秘権を、その憲法を破壊しようとしているテロリストに適用するのは断固反対」であるとか「テロ戦争の本質は冷戦と同じです。勝利するのは我々、お前たちは敗北する。それだけです」などという、トーンで一貫していました。こうした箇所では高いお金を払って参加していたディナー・パーティーの客は総立ちになって「キャー」という声援を送る始末なのですが、私にはまるで前世紀にアジアや中南米の開発独裁国にいたポピュリストのイデオローグ、そんなお粗末なレトリックに聞こえました。

 面白かったのは、オバマ大統領の外交を糾弾した箇所で「北朝鮮ごときに親書を送り、中露の跋扈を許す一方で、大切な同盟をガタガタにしているんです。アジア外交の軸となるべき対日外交をダメにしたのもオバマ大統領です」と叫んだのです。このペイリン女史が「親日」なのは、実は実績もあるのです。アラスカ州知事の時代に、日本企業の誘致に努力したり、日本語を正規の教育課程に導入するよう積極的な努力をしたのは事実なようです。それに加えてこの発言、果たして「ペイリンの共和党」には日本として期待できるのでしょうか? また、民主党の外交が行き詰まった時には日米の基軸を大事にする外交への復帰が必要であり、その際にはペイリン的な動きを相手側のパートナーとして期待して良いのでしょうか?

 私はそうは思いません。この「ティーパーティー」運動に代表される、草の根保守が心情の核に抱えているのは孤立主義と、反科学主義です。異文化も「味方」であれば賓客として歓待する一方で、絶対に自分たちの大切な部分には手を触れさせようとはしません。また「漁師の夫を持つ自分としては人間が魚から進化したということは信じられない」などと進化論否定を行う心情、更には「たかが人間の活動が温暖化に影響を与えるというのは思い上がり」などということも言っています。日本の国是、そして生命線である環境問題、環境技術にとっては敵なのです。今回の演説でも「新型原発を早く」であるとか「沖合の油田」について「掘れ掘れ」などと叫んで聴衆から喝采を浴びていました。

 それからペイリンは「アメリカは世界に対して絶対に謝らない」ということをスローガンにしています。オバマ大統領は、「アメリカの対外イメージを悪化させた」という言い方でブッシュ政権への批判、特にイラク戦争への批判をすることが多いのですが、これに対しては絶対反対というわけです。そして、その「謝らない」という発想の延長で、「合衆国大統領による広島、長崎での献花」などには当然のことながら猛烈な反発を加えてくるでしょう。

 実は今回のプリウス騒動で、アメリカ国内での「反プリウス」の動きを引っ張っているのも、こうした人々なのです。金持ちのインテリや芸能人が「エコ」信仰にかぶれて「国産車」ではなく「怪しい複雑な技術を満載した外国車」に乗って威張っている、そんな偏見を持つ一方で、自分たちはガソリンをジャブジャブ食う巨大SUVに乗りたがる、そんな人々でもあります。

 このペイリン「親日演説」を聞いて、もしかしたら自民党の一部、外務省の一部は「期待感」を持つかもしれませんが、それは無理というものでしょう。日米の関係改善は、何としてもオバマ政権を相手に「民主党のアメリカ」に対して日本として、しっかり向きあって行くことからしか打開できないからです。

(付記)プリウスの問題に関しては、先週末のJMMで詳しく取り上げていますので、是非お読みいただければと思います。一点、トヨタに追加で要望したいのは、今回の「対策」に関しての詳しい説明です。これによって「問題が解消された」という表面的な言い方ではなく、ABSの効くタイミング、ブレーキ踏力と制動力の関係の仕様変更など、「修正前」と「修正後」の変化について正確な説明をするべきだと思います。特にABSの作動を遅延させるようなプログラム変更であるのなら、凍結路などの運転にはより注意が必要になりますし、逆にブレーキを踏む前に油圧を用意したり回生放棄をするのなら微妙に燃費悪化の可能性があります。ですから、ドライバーには知る権利があると思います。

 それと、問題の多くが低速、微速走行時に起きているわけで、モーター動力が100%、つまりガソリンエンジンが完全に停止している場合もあるようです。となると、摩擦ブレーキに油圧を与えるためには、トヨタ=アイシンご自慢の「電動負圧ポンプ」が作動することになるのですが、ここにタイムラグの発生原因があるとしたら、これはもう欠陥とかいう問題ではなく技術的な限界における大変に高度な話だと思います。仮にそうだとしたら、省エネ技術という人類的な期待のかかった最先端の話なのですから、もっと胸を張って説明すべきです。説明しないのは世論をバカにしていると言わざるを得ません。日本の世論は、このナッシュビルの人々よりもずっと技術リテラシーは高いのですから。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story