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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
MET美術館「サムライ展」の居心地の悪さ
ニューヨークのメトロポリタン美術館で今週末(10日)まで開催されている特別展「アート・オブ・サムライ〜1256年から1868年に至る武器と武具」は大変な盛況です。私は新年の2日に家族で行ってきたのですが、日中も零下5度でしかも強風という過酷な天候にも関わらず、入り口の大ホールがチケット購入者で立錐の余地もないという混雑ぶりでした。
METの建物には大きく赤い垂れ幕が掲げられ、周囲の五番街の歩道にも「サムライ」の旗が並び、さながらMETが日本の古武士に占拠されたような風情です。展示内容も「埴輪」の武人像から始まって甲冑、日本刀、陣羽織などの逸品がこれでもかと並べられる一方で、入り口には巨大な「長篠合戦図屏風」のレプリカが観客を待ち受けていますし、会場内には紀州藩が作らせた「川中島合戦図屏風」のホンモノ(第2次合戦と第3次合戦の分の両方)が展示されており、これまた迫力あふれるものでした。
それぞれの展示品につけられた解説も的確で、会場内では日本刀の製作過程を説明したビデオの上映なども行われており、アメリカ人の観客の評判も大変に高いようです。ですが、私は展示を見ていて何とも複雑な気持ちになりました。まず1つは「どうして今なのか?」という点です。確かにこの企画は「武器展」です。ですから、純粋に美術工芸の展示会とは違って、政治に結びつけられる危険はゼロではありません。例えば第2次大戦の直後であれば「敵国日本の野蛮なハラキリ文化」の象徴だとか、日米自動車戦争の最悪期であれば「日本、サムライの刀でアメリカを脅迫」などと言われたかもしれません。
ですが、この2009年から2010年という時期まで待つ必要があったのでしょうか?例えば2000年前後であれば、もう日本とアメリカの間では「改革のスピードアップの可否」が議論になっていたぐらいで、大きな「摩擦」はなかったはずです。そうした金融にしても製造業の活力にしてもまだ勢いが残っていた時代に、この「サムライ展」が開催できれば、アメリカの日本を見る目も変わっていたのでは、いやそこまで大袈裟に言わなくても、ある種の刺激を伴いつつ、より良い形で文化交流ができたのではと思うのです。
私が訪れたのは1月2日ということで、日本の正月休みの最中だったのですが、日本人観光客の方の姿がほとんど見えなかったのも残念でした。展示の協賛には日本航空も名前を連ねており、経営が苦しい中こうした展示に資金を提供したという背景には、日本からのNY観光のお客さんが増えればという思いがあったのではと察します。ですが、その点でも、もっと早期にこうした企画があればと思ったのも事実です。
もう一つは、とにかくアメリカ人の観客の熱心さです。特に驚いたのは、見慣れていなければ差など分からない日本刀の展示に多くの人が見入っていることでした。それは、かつて流血の道具とされた「武器」への血湧き肉躍る関心ではなく、ただただひたすらに至上のクオリティを与えられた工芸品への、そしてその背景への文化的な尊敬の念、それだけだったように私には思われました。上質の日本刀は妖気よりも、むしろ静謐さを醸し出している、そこまでの価値観は彼等に通じたかは分かりませんが、とにかく「サムライ文化」というものを殺気や血気ではなく、静謐な文明としてとらえようという彼等の視線には正直言って感銘を受けたのも事実です。
ですが、これも私には少し居心地の悪い感覚を残しました。前にJMMでも書いたことがあるのですが、こうしたアメリカ人の視線は「21世紀的な他文化主義」の世界へ自分も入っていきたいという思いから出ているのです。ですが、日本人の側からすると「サムライ文化」というのは、今でも残る自殺の風習や企業文化における個の尊厳のすり潰しなど「19世紀的なもの」として見る感覚が強いのだと思います。
そんな中、アメリカ人から「サムライ文化」とか「日本刀のたたずまい」を持ち上げられるというのは、自分の心の中にある「ひそかなナショナリズム」を刺激される快感と共に「日本文化=19世紀的野蛮」として「見下す視線」が入っているのでは、と一瞬思わされてしまうのではないでしょうか? 面倒な議論ですが、こうした「日本大好き」のアメリカ人の視点と、「そう言われることに慣れていない」日本人の視線が行き違ってしまって交差しない、そんな居心地の悪さを、この展示からも感じさせられたのです。
そうは言っても、とにかくMETの展示の姿勢も、ものすごい数の観客の姿勢もたいへんに真剣なものでした。この「クールジャパン」の持つ好印象を、何とか意気消沈気味の日本の輸出産業のマーケティングにも生かしていければと真剣に思います。
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