コラム

それぞれの敗因、東京とシカゴの場合

2009年10月05日(月)13時32分

 10月1日のIOC総会は、アメリカでもCNNやCNBCがリアルタイムで中継していました。私の場合は、TVジャパン経由のNHKの特番も見ることができたのですが、まず第1次投票の結果が読み上げられ、いきなり「シカゴ落選」が報じられたときのショック、そしてそのすぐ後、東京が同じく第2次投票で落選した際の日本の映像を比較することができました。

 日本の方は「おや?」というソフトな反応で、これは何となく日本人としてはリアクションとして自然だったように思いますが、シカゴの特設会場に集まった群衆の方は、虚脱状態といいますか「シーン」と静まりかえってしまったのです。こちらの方は、アメリカ人のリアクションとしてはかなり異常でした。ブーイングでもなければ、敗者として胸を張った拍手とかでもなく「シーン」という反応は、アメリカではあまり見かけない光景です。

 そのシカゴでは「他の国は全国レベルの招致活動があったけど、シカゴは完全に孤立していたんだ。他の都市は全く無関心なんだよ。首都のワシントンに行ったって、空港に招致のスローガンなんかないんだぜ」(街の声)というように、自分たちだけではどうにもならなかったという思いがあるようです。ですが、本当のところは、シカゴと東京の敗因は似通っています。どちらも地元の世論調査では招致への賛成は50%かあるいはそれ以下、つまり多くの反対を抱えていたのです。他に色々な要素はあるにしても、それでは運動に勢いが出なかったのも仕方がないでしょう。

 ですが、五輪夏季大会の開催という華やかなイベントに対して「世論が消極的」という事情それ自体は、東京とシカゴでは異なっていたように思います。もしも、それぞれの都市が2020年にも再挑戦をするのであれば、それぞれの「消極的な世論」の背景にある文化的・政治的理由をしっかり理解して、その消極性を克服することが必要でしょう。でなくては、また同じことの繰り返しになると思います。次回は、例えばパリやモスクワの立候補だけでなく、インドやベトナム、南アフリカなども手を挙げて来るかもしれません。その場合に、対等に戦っていくためにも、「消極性の背景」を自ら総括しておくことは重要です。

 まず東京の場合はどうでしょう? その消極性はどこから来ているのでしょうか? 表面的には「そんなカネがあったら介護と福祉と雇用」という「気分」、そんな説明もあるようです。ですが、少なくとも雇用に関してはやった方が良いわけですし、介護と福祉にしても全くカネの出所が違うということを世論は分かっていると思います。では、あの消極性のウラにあるのは何なのでしょうか? それは、いみじくも今回の招致キャンペーンの重要なキーワードの中に「環境」があったことが象徴しているのですが、「五輪を開催することでどんな未来があるのか全くわからない」という「文明のカベにブチ当たった」とでもいうべき閉塞感だと思います。

 45年前の東京五輪の際には、国を挙げて産業社会に入っていくのだという明確な未来図がありました。ですが、今はないのです。環境というのは重要なキーワードで、恐らく2020年に再挑戦するのであれば、よりメッセージを強く出して欲しいとも思います。ですが、今の時点で言う「環境」というのはマイナスイメージ以外の何でもないのです。「本来はそれぞれの競技に理想的な競技施設を用意したいが、環境のことを考えて半径8キロ以内にしました」というのは、一見すると画期的なようでいて、それ自体はマイナス思考なのです。選手村に緑が一杯というのも、そのために選手の交流による国際親善や居住施設としての快適性がいささかなりとも損なわれるのであれば、やはりマイナスです。

 マイナスではないメッセージというのは、人類に対する危機感や罪悪感としての環境ではない「プラス思考としての環境メッセージ」、言い方を変えれば、超先進国としての圧倒的な付加価値としての環境というメッセージが求められたのだと思います。そうでなくては、日の出の勢いであるBRICsの「もっと豊かに」というエネルギーには勝てないでしょう。

 世論の消極性もそのあたりにあるのではないでしょうか? 「この先の豊かさのイメージが湧かない」中で「環境という一見美しくてもマイナスのメッセージ発信だけ」では、どうしても気持が乗らない、そんなところではなかったのではと思うのです。そして、この問題はそのまま次回の招致キャンぺーンのコンセプトの問題につながってゆくように思います。もしかしたら、東京にこだわらないで、長野とか岩手とか、大自然の中で自然と調和した五輪というコンセプトにしてみるというのはどうでしょう? 閉会式後は全ての施設を全て除去して自然に戻すというような、もっと強いメッセージ性を入れてみる中で、「次なる豊かさ、次なる幸福感」の文明を発信する、そのぐらいでないとダメなのかもしれません。

 シカゴの場合は、もう少し簡単です。アメリカの保守派は基本的に五輪には消極的です。例えば前回のアトランタ五輪の際に爆弾テロがあったように「五輪とは外国文化を導入したいエリートの偽善であり、そうした国際派のエリートは中絶容認や進化論教育による聖書の冒涜などを平気で行っている」として反発をする層すらあるのです。勿論これは極端な例ですが、基本的にアメリカの保守は「アンチ国際主義」であり「アンチ五輪」であり、同時に「極端な小さな政府論」なのです。ですから、国を挙げて、都市を挙げて、一部税金を使って五輪の招致を行うということは、全く乗ってこないのです。

 その一方で、リベラルの人々は「国際化」への夢も感じていますし、五輪誘致によって経済的に脆弱な市の南部の再開発という希望も描いていました。ですが、それはあくまでアメリカの、そしてシカゴの半分の意志に過ぎなかったのです。こちらは、ある意味で国のかたちのある部分に根を張った病(やまい)のようなものです。オバマ大統領夫妻をもってしても、このあたりを乗り越えることはできなかったのだと思います。いずれにしても、こうなった以上は、リオ・デ・ジャネイロでの2016年の五輪を楽しみに待つことにするしかありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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