コラム

オバマは火星を目指すか?

2009年07月24日(金)13時08分

 日本での皆既日食は天候に恵まれなかったようですが、こうした出来事があるたびに天文学や宇宙への関心が高まるのは良いことだと思います。ちなみに、今回の日食はアメリカ大陸では全く起きなかったこともあって関心はほとんどゼロでした。

 その一方で、アメリカでも時ならぬ「宇宙ブーム」が起きていました。7月20日が「アポロ11号の月着陸40周年」ということで、盛大に祝賀行事があったのです。オバマ大統領はアポロ11号の乗組員3人を招いて懇談していましたし、丁度この「月着陸」報道を歴史に残したCBSのクロンカイトが亡くなったばかりということもあって、有名な「アームストロングの第1歩を柔和な微笑みで見つめるクロンカイト」の映像が何度も放映されていました。

 この「40周年」がかなりの盛り上がりを見せたことで、メディアでは「オバマの宇宙政策はどうなる?」という話題が色々と囁かれています。中には「オバマは再び有人月旅行に送るだろう」とか「有人火星旅行をやるのでは?」などというコメントも見られます。かつてケネディが「60年代の終わりまでに人類を月に送る」と宣言したことがアポロ計画の原動力となり、実際に69年に実現してケネディの「締め切り」を守ったことがアメリカの内外における威信を高めたという記憶は今でも残っています。

 国民的な人気を誇るオバマ大統領であれば、ケネディのように月、いや火星への有人飛行という画期的なプロジェクトへのリーダーシップを発揮するだろう、そんな期待感は確かにあります。では、宇宙政策に関してはオバマ大統領はどんな公約を掲げていたのでしょうか? これは2008年の選挙戦当時の政治情勢、経済情勢からすると「火星」などということはとても言えるムードではなかったのですが、オバマなりに宇宙政策には熱心で、スペースシャトルの次世代機や国際宇宙ステーションの今後、更には国民への啓発活動に至るまで詳細な方針を掲げています。

 どうしてかというと、どちらかといえば民主党政権には「宇宙」への志向が強くあるのです。ケネディ、ジョンソンの二人の大統領の時代に宇宙開発が進んだのは、NASAに取っては決定的なのです。それは、アメリカにとって宇宙航空産業は国の威信や、経済の中核、軍事的な優位性として重要だという認識が強い一方で、民主党には軍事費の拡大へは警戒感を持つカルチャーがあるのです。軍事費の拡大には反対だが、宇宙航空産業は育成したいということになると宇宙開発の優先順位がアップするというわけです。

 オバマ大統領は、例えば超音速・垂直離着陸・ステルス性能を併せ持った「超豪華仕様」のF22の生産継続などには消極的です。そんな戦闘機でドッグファイトを行う相手などいない現状では、敵に脅威を与えて妙な疑念や対抗心を与える危険はあっても、軍事的な抑止力にはならないことを見抜いているからです。ですが、仮にF22を止めるならば、宇宙航空産業の将来のためには「火星」とか「月」ということを言い出す可能性はあると私は見ています。

 その場合は、勝手な推測ですが「有人火星探査」をブチ上げるのでは、私はそう見ています。今は経済がダメですから無理ですが、仮に景気が上昇したら1期目の終わりまでに、そうした宣言を行う可能性が相当にあると思います。何と言っても、オバマ大統領というのは人々に前向きの夢を与えることを身上としていますし、有人火星探査の場合には、純粋なロケット技術だけでなく、長期間(最低でも往復18カ月)の旅行に耐える宇宙飛行士の健康管理や心理コンディションの維持といった医学面のノウ
ハウなど広範な産業を巻き込めるという点があります。

 それよりも、何よりも月への再飛行というのは「既にある技術」ですから、「やろう」と言ってしまったらすぐに出来るし、しなくてはならないのですが、「火星」というのは壮大な話ですから、オバマ政権としては「声だけかけて」後のコストのかかる部分は以降の政権に先送りとすること、つまり「言うだけ言って済ます」ことが最大2期8年という枠の中では可能になってきます。オバマ大統領という政治のプロであれば、そうした計算もしているでしょう。

 それはともかく「人類を火星へ」ということをオバマ大統領が言い出す可能性はかなりの確率であると思います。既に宇宙滞在4カ月を越えている若田光一飛行士(来週帰還予定)の長期滞在ミッションというのも、そもそもは火星への長期にわたる飛行の際の人間に与える影響を調べるという目的を背景に持っているのです。

(追伸)本稿を書き終わってから、シカゴ・ホワイトソックスのマーク・バーリー投手がメジャーリーグとしては5年ぶりの完全試合を達成したというニュースが飛び込んできました。攻守にも助けられての快挙は、大きな感動を呼んでいますが、このバーリー投手は、先週セントルイスで行われたオールスター戦で、ホワイトソックスのファンであるオバマ大統領から直接激励を受けているのです。やはり、オバマ大統領にはある種の強運を呼び込む才能があるようで、「マジック」はまだまだ有効というわけです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB総裁ら、緩やかな利下げに前向き 「トランプ関

ビジネス

中国、保険会社に株式投資拡大を指示へ 株価支援策

ビジネス

不確実性高いがユーロ圏インフレは目標収束へ=スペイ

ビジネス

スイス中銀、必要ならマイナス金利や為替介入の用意=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 3
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピー・ジョー」が居眠りか...動画で検証
  • 4
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 7
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 8
    「敵対国」で高まるトランプ人気...まさかの国で「世…
  • 9
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 10
    トランプ氏初日、相次ぐ大統領令...「パリ協定脱退」…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story