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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
ウォルター・クロンカイトの死
往年の名ニュースキャスター、ウォルター・クロンカイトの死はメディアでは大きく取り上げられています。7月17日に92歳での死去、しかも81年の引退後28年を経ての訃報にも関わらずたいへんに大きな扱いです。そうは言っても、CBSの『イブニングニュース』が高視聴率を挙げて、全米に影響力を持ったといっても過去のことであり、例えばクロンカイトが引退した81年というのは、レーガン大統領が就任した直後という昔です。
その時にはオバマ大統領はまだ20歳だったことを思うと、同時代性という点から見てこの死去報道にはそれほどの意味があるとも思えないのですが、やはり「巨星墜つ」という印象があるようです。例えば現在の『CBSイブニングニュース』のアンカーパーソンを務めるケイティ・コリック女史は「自分が就任するにあたって、クロンカイトからアドバイスをもらった」ということで、各局のニュース番組からインタビューが殺到しています。
例えば、クロンカイトが現役だった時代の『イブニングニュース』はたいへんな視聴率を誇り、月曜から金曜まで毎晩2200万人が視聴していたというのです。実際にクロンカイトの自伝『レポーターズ・ライフ(一報道記者の半生)』では、扉のところに「2200万人の視聴者に捧ぐ」とあるのですから、大したものと言えます。現在のTV界の人々から見れば「オバケ番組」であり、「そんな高視聴率が取れれば良いな」
と憧れてみたり「さぞかしクロンカイトはすごかったんだろう」という想像を巡らしたりということになるのは当然です。
勿論、時代が違いますし、TVというメディアの位置づけも変わりました。クロンカイトの全盛期は、地上波オンリーの時代であり、基本的にアメリカのメジャーなTVのチャンネルは3つしかなかったのです。NBC、ABC、CBSのいわゆる「3大ネットワーク」です。その後、ケーブルや衛星放送、更には光ファイバーによるIPテレビが普及し、テレビ事情は一変しました。CNNをはじめとするケーブルのニュース専門局、ESPNなどのスポーツ専門局が分化するとともに、2000万人が同じニュースを見るなどということはあり得なくなったのです。
更に時代は下り、今はインターネットと携帯電話による、マスのコミュニケーションと個人のコミュニケーションが時代を動かすようになりました。それでも人々がクロンカイトの死に感慨を抱くのはどうしてなのでしょう? それは、全米が尊敬できる「1人の人物」という存在が欲しいというカリスマ期待論があるからであり、同時に「多くの人が納得できる中道主義が活力を持って欲しい」という願望があるからだと
思います。
それは、オバマという異色の才能を大統領に押し上げた世論の感情と共通のものがあると思います。カリスマであり、同時に現実的で冷静な中道主義者、そして何よりも当意即妙のコミュニケーション能力を持つ人物、アメリカン・ヒーローの1つの典型と言ってしまえばそれまでですが、時代を経てもこの点は変わらないようです。そう考えると、クロンカイトの記憶がアメリカ人にとって大事にされるというのも納得できるものがあるのです。
クロンカイトは自伝『レポーターズ・ライフ』の締めくくりの部分でTVジャーナリズムに対して警鐘を鳴らしています。「テレビのために新聞を読まない人間が増えて、人々の知的水準を押し下げたとしたら問題だ」として、健全なジャーナリズムは質の高い新聞によって維持されるべきだと述べています。その言い方自体は、今ではもう過去に属するとしか言いようがありませんが、TVの世界で成功を収めてなお、このような反省を述べる気骨を人々は愛したのでした。
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