コラム

短命内閣の連鎖を断ち切るにはアメリカ式の予備選が必要か?

2009年07月13日(月)12時17分

 都議選の結果が出て、いよいよ政局が動き出すことになりました。安倍(在任366日)、福田(在任365日)に続いて麻生政権も1年に満たない短命に終わる可能性が濃厚です。勿論、これでは内政も外交もうまくいくはずはありません。どうしてこんなことになったのでしょう。安倍元首相はともかく、福田前首相も麻生現首相も、就任前には「過去の実績からも言動からみても総理の資質がある」と思われていたのです。それが就任して少しすると支持率が低落を始めて、最後は無惨な数字に追い詰められる、この現象は何を意味しているのでしょうか?

 結果論から言えば、それぞれが宰相の器に欠けていたわけで、そうしたことを避けるにはアメリカ大統領選に見られるような長期間の予備選を行う必要がある、そんな議論があります。あらゆるジャンルの政策、個人の生い立ちを含めたキャラクターの総点検などを行い「叩いてもこれ以上ホコリが出ない」ように鍛え上げて政府のトップに据えれば、360日ぐらいで心身共に行き詰まるということは避けられるだろうというのです。

 一理あるということは認めます。アメリカで何度も予備選を経験している私には、どうやれば優秀な政治家を鍛えることができるかも含めて「日本版予備選のアイディア」を出せと言われれば、出す用意はあります。ですが、私は今、その議論をしても仕方がないと考えます。理由としては、まず時間がないということがあります。今回の政局を安定させて必要なリーダーシップが取れる人物を選ぶためには、そんな長丁場の予備選を行う時間は全くないのです。

 また議院内閣制とのギャップという問題があります。議院内閣制の政党の総裁は、議員集団をまとめる「内向きのリーダー」としての能力が要求されますが、それは世論に開かれた予備選で決まるタイプとは人材像が異なってしまうのです。つまり世論には歓迎されても議会運営が下手な総理が生まれた場合に、長野県で田中前知事が行き詰まっていったように、政治が停滞する可能性が残るのです。そう考えると、議院内閣制ではなく首相公選制によって首相に強力な権限を与える必要が出てきます。これはこれで憲法の改正を要求する問題ですし、改正するにしても象徴天皇制との整合性には難しさも出てくる大変なテーマです。

 予備選も公選も簡単には行かない中、政治不信を断つ、そのために有能なリーダーを育てるにはどうしたらいいのでしょうか? 簡単なようですが、政策を本当に考え信念を持つ人物を選ぶしかないと思います。その政策が仮に全て最適解でなくても、世論の過半数の支持がなくても、何らかの信念があれば交渉に意味が出てくるし、妥協にも政治的効果が出てくるのです。信念というと大袈裟に取られる危険があるのなら一貫性ということでも構いません。とにかく、懸案の全てについて自分のポジションが決まっており、その上で議論と妥協の用意もある、これが現時点での宰相に求められる最低限の条件だと思います。

 政策の一貫性というのは、言い方を変えれば対立軸のことです。成長を追い求めるのか、成長を諦める方向で決断するのか。民主主義の理念にこだわって日米同盟を強化するのか、生きるためには中国などの開発独裁に理解を示すのか。格差はあっても機会均等の保証される社会にするのか、格差是正のためには権益の人為的な調整に積極的になるのか。この3つの軸は、現時点での日本の方向性を決める上で重要な分岐点となるものです。麻生政権の失敗は、こうした選択の軸の意味をほとんど踏まえていないために、反対派とのコミュニケーションもできなかったということに尽きます。

 危機の真っ最中における、日本政治の現在には、とにかくこうした対立軸を踏まえたリーダーシップが必要です。メディアもそうした見地からこの政局を報道して欲しいものです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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