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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
知事から国政へ、アメリカの場合・日本の場合
マイケル・ジャクソン報道に、オバマ大統領もサミットも「かすんだ」感じがあるのですが、その中で比較的取り上げられたのが先週末にあったサラ・ペイリン、アラスカ州知事の辞意表明でした。昨年秋の大統領選でマケイン候補から共和党の副大統領候補に指名され何かと話題を呼んだ彼女ですが「2012年には大統領候補に」という声もかかる中での辞任ということで、メディアも無視はできなかったのです。
辞任の背景には、知事職の任期が来年で切れるので再選を目指すにはテクニカルな問題からそろそろ決断しなくてはならなかったこと、その知事選について実は出た場合は苦戦が予想されるということなどが囁かれています。アラスカ州はペイリン知事のために全米の脚光を浴びましたが、元々は非常にリベラルな風土であり、州の財政再建のために共和党知事を選んだものの、余りの保守ぶりに有権者の逆風が吹いているのです。
国政経験のなさなどで批判が絶えないペイリン知事ですが、共和党としては「仮にオバマ大統領の経済政策が失敗に終わった」場合には、2012年にも政権奪還のチャンスが出てこないとも限らないわけで、そのためにはペイリン知事というのは「大切な持ち駒」なのです。それは、妊娠中絶への反対といった「真正保守の条件」に合うだけではなく、州知事の経験が大統領候補としての有力な条件になるという伝統があるからです。
例えば、2012年に向けて共和党の大統領候補の顔ぶれを予想してみると、ペイリン知事の他にも、ロムニー元マサチューセッツ州知事、ポーレンティー現ミネソタ州知事、ジンデル現ルイジアナ知事など現職知事や知事経験者が多いのです。この傾向は共和党だけではありません。そもそも知事から国政経験なく大統領へというケースとしては、カーター大統領(元ジョージア州知事)やビル・クリントン大統領(元アーカンソー知事)といった民主党のケースの方が有名です。
どうして知事経験者から大統領にというルートがあるのかというと、それはアメリカの州知事が州の「最高経営者」として実権があるからです。財政に責任を持つだけでなく、州の経済、雇用を拡大したり、州法に基づく行政の執行を行い、その実績を評価されるのが州知事だからです。死刑のある州の場合は、州内での死刑執行も恩赦も知事権限になっているケースが多く、そこで世論や法律を見ながら的確な判断が下せたのなら、その資質は大統領に相応しい、アメリカ人はそう考えるのです。
中には「腹黒いウラ交渉ばかり」やっている連邦議会経験者より知事の方が、大統領候補には適任という考え方もあります。その点で、バラク・オバマ、ヒラリー・クリントン、ジョン・マケインという主要な3候補が全て現職の上院議員だった昨年の大統領選挙は、むしろ例外ということになります。
そう考えると、日本で県知事の中から国政のトップに擬せられる、あるいは自分から野心を持つ人材が出てくるのは自然に思えます。特にリーダーシップの中で重要な要件である、世論、議会、官僚とのコミュニケーション能力ということでは、知事として鍛えられた人の力に期待が集まるのは十分に理解できます。
ただ、今行われている議論に関して言えば、日本の元気の良い知事さんたちは「中央と地方の枠組みを変えるために、緊急避難的に中央政界に強い影響力を持ちたい」というのが国政への発言を行う主要な動機のようです。そこには論理矛盾があります。仮に国政に進出した場合は「公約通り中央から地方に権限を委譲します」では済まされないのです。県知事として県の発展のための「最適解」として権限委譲を求めてきたのは分かりますが、国政レベルに進出した場合は「国全体としての最適解」を求めることが要求されます。それは必ずしも「中央の権限を壊す」ことにはなりません。
日本の知事さんたちは、単に中央の予算と権限を奪うだけでなく、その上で地方の文化、地方のエネルギーによる「中央の助けを借りない経済再生の成功事例」を実現すべきだと思います。そこで更に能力を磨いた知事経験者がやがて国政を担うようになれば、日本の政治不信の霧も晴れてくるでしょう。ただ、その際には仮に橋下氏にしても、東国原氏にしても「アジア的な開発独裁志向」的なスケールの小さな政治をやってもらっては困ります。高付加価値産業と関連した人材が国外に逃げていくことになるからです。
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