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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「父はムスリム」と胸を張ったオバマ
オバマ大統領の就任後初の中東訪問については、TV各局はホワイトハウス番のキャスターを同行させて最大限の扱いをしています。3日の水曜日に「エアフォースワン」がサウジのリヤドに到着したときは、丁度アメリカ東部時間では7時台とニュースの時間帯だったこともあり、各局がライブ映像を流していました。王宮の一部と思われる建物の中でアブドラ国王が待っている映像から、大統領機が到着すると、国王一行が巨大なエスカレータで降りてきてオバマ大統領を出迎えるシーンなども中継され、かなりリアルな印象がありました。
今回の目玉は4日のエジプト、カイロ大学でのスピーチで、これは様々な意味で注目されていました。前夜から色々な憶測の報道があったというだけでなく、様々なエピソードに囲まれてもいたのです。例えば、他でもない「オサマ・ビンラディン」は、このタイミングで録音テープによるメッセージを発表して、オバマとそのパキスタン政策を非難するとともに、9・11のテロを正当化しています。また「アルカイダ」の指導者といわれる「アル・ザワヒリ」も声明を出して「今になってイスラムとの和解を言いだしても遅すぎる」などと言っていました。
そのカイロでの演説ですが、大統領は鳴りやまぬ拍手を制しながら非常にリラックスした表情でスピーチをはじめました。会場がカイロ大学で、聴衆のほとんどが学生ということもあって、まるで新進気鋭の大学の人気教授が大教室で授業を行うといった雰囲気でした。ですが、内容についてはたいへん緻密に設計されており、基本的にはムスリムの人々への和解のメッセージで通していながら、イスラエルへの配慮やテロ行為への厳しい姿勢など、アメリカにとっての原則は外していないのです。イスラム圏向けとはいっても、演説自体はアメリカ国内でも注目される以上、言い過ぎてしまっては足元をすくわれるわけで、そのあたりは非常に慎重だったと思います。
中道主義というのはどうしても左右からの批判を浴びてしまうわけで、アメリカ国内では「アメリカの大統領がエジプト人の前でパレスチナの悲惨を語るなんて言語道断」という声が出ていますし、AP電はエジプト人の聴衆からの「アフガンから即時撤兵しないのなら、何を言っても偽善だけ」というコメントを紹介しています。こうした声が出るのは覚悟の上で、それでも現実的な中道路線をというのが大統領のスタイルであるのなら、今回のスピーチはその真骨頂だと思います。
スピーチの中で大統領は「私の個人的な体験に即して言えば、私の父はケニアで育ち、何代にもわたるイスラムの家系でしたし、私自身も少年時代をインドネシアで朝晩に祈祷の声を聞きながら育ちました」と述べています。「父はムスリム」という直接的な表現ではありませんでしたが、大統領選を通じて「イスラムの子はイスラム」とか「ミドルネームはフセイン」ということを、まるでオバマ自身がテロリストにつながっているような調子で非難をされ、大統領自身はじっとそれに耐えてきたことを思うと、時代の移り変わりを感じます。
さて、このスピーチのタイミングですが、選挙戦の真っ最中であるイランを意識した、とりわけその自由化へのメッセージだということはあると思います。一部にはこれで中国の「天安門事件の20周年」が霞んでしまったという声もありますが、スピーチの中では「民主化」というキーワードは強く盛り込まれているわけで、このオバマのメッセージは漢方薬的にじわじわと中国にも浸透してゆくのではと思います。
私の住むニュージャージー中部は、イラン革命の際に国王派の人々が多く亡命してきたこともあって、アメリカの中ではイスラム系の人口が多い地区です。ですが、9・11の直後にはムスリム系のガソリンスタンドにお客が寄りつかなかったり、モスクを含む集会所の立て替えに反対運動が起きたり、「ブッシュのアメリカ対イスラム」という構図を実感させられることがかなりありました。そうした人々にとっては今回の演説は「アフリカ系にとってのキング牧師のスピーチに匹敵する」(ローカルFMラジオ「101.5」より)という感慨を与えているという報道もあります。
こうした「オバマ流」がアメリカの外交にどう影響を与えてゆくのか、アメリカの世論の「揺り戻し」はどこまで行くのか、いずれにしても、この「カイロ演説」が何らかのターニングポイントになるということは、間違いなさそうです。
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