コラム

南シナ海、強引に国際秩序を変えようとする中国

2016年05月02日(月)18時00分

 そして、それは現実のものとなった。4月18日、米国防総省は、「中国がファイアリークロス礁に軍用機を着陸させた」と公表し、これに抗議した。中国は、体調を崩した3名の作業員を搬送するための人道作戦であると釈明したが、米国防総省は、「民間機ではなく軍用機を使用した理由がわからない」として、この言い訳を一蹴した。

 さらに、米国防総省は、「中国が約束を守り、スプラトリー諸島の拠点で軍用機の配備や巡回を行う計画がないことを再確認するよう求める」と述べた。中国は信用ならないから、「もう一度約束し直せ」と言うのである。

 しかし、中国にしてみれば、最終的には南シナ海を領海化したいのであるから、段階的に軍事力を展開するのは当然のことだ。理由をつけて、戦闘機をスプラトリー諸島にも展開し、これを運用しようとするだろう。その理由とは、地域の安全保障環境の変化であり、中国にとって、地域の安全を脅かしているのは米国の軍事行動である。中国は、自国防衛のために、「仕方なく防衛措置を採っている」ということだ。

国際社会で孤立を恐れる中国

 中国の南シナ海における行動に関して、中国は「国際法に則っている」と主張し、米国は「国際法に背いている」と批判するのであるから、双方の認識が根本的に食い違っているということになる。そもそも、九段線で囲まれる南シナ海のほぼ全てが中国のものだ、という中国の主張を、日本も米国も、さらには周辺諸国も受け入れようがない。

 それは、中国が、南シナ海における権利を主張する際に、慎重に「領海」という言葉の使用を避けていることからもわかるように、『国連海洋法条約』に照らしてみても、南シナ海全域に主権が及ぶことを主張できる正当な理由が見当たらないからである。

【参考記事】中国が西沙諸島に配備するミサイルの意味

 主権が及ぶ領海は、領土の周辺12海里の海域である。さらに、暗礁には、例えその上に人工物を建造しても、領海は存在しない。仮に、中国が、南シナ海における他国との領土問題を全て解決し、全ての島嶼が中国のものだということになったとしても、国際法上、中国の主権が及ぶ範囲は、南シナ海の一部でしかない。

 それでも、中国は、国際社会の中の悪者になるつもりはない。孤立してしまっては、「中国が国際秩序を作っていく」という目的を果たせなくなるからだ。そのために、中国を支持してくれる仲間が欲しいのである。

 中国は、国際社会からの批判を避けつつ、自らの要求を通すために、「当事者間での協議による解決」にこだわる。問題が国際化すれば、厳格に国際法に則って問題が処理されてしまう。それでは、中国にとって不利だ。当事者間での協議であれば、二国間の力関係を基に、ムチと飴の両方を使用して、超法規的な解決もあり得る。当事者間の協議では、両者が「納得」しさえすれば良いのだから。

プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

筆者の過去記事はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story