コラム

周庭(アグネス・チョウ)の無事を喜ぶ資格など私たちにあるのだろうか?

2023年12月04日(月)11時05分

「中国依存」で見捨てられた香港

先日のブラックフライデーでは、中国製品もよく売れたようだ。Ankerのワイヤレスイヤホンや充電器、体重計のほか、ファーウェイのスマートフォン、ハイセンスの4Kテレビなど、メイド・イン・チャイナはこの5年ほどの間でついに「安かろう悪かろう」のイメージを脱却し「使い勝手の良い高コスパ商品」へと変貌した。Ankerなどはチャイナ隠しとでもいうべきか、中国イメージを見事なまでに消し去っている。

先日、都内のスーパー銭湯に行ったらその場で出くわした中年男性から「サウナーの間ではこれが人気なんですよ」とシャオミのスマートウォッチを見せられた。価格は5000円ほどだった。

中国製品は私たちの生活に深く浸透していて、もはや中国なしでは衣食住が成り立たないほどである。市場としての中国の大きさについては、言うまでもない。日本経済は多かれ少なかれ「中国依存」をしている状態だ。チャイナ・フリーの生活なんて、金持ちにしかできない。

中国依存によって生じる「経済的利益」と「香港の民主」を天秤にかけた結果、日本も欧米も、前者を選んだ。強固な経済制裁など加えたら、報復を受けることになる。中国を敵に回してまで、香港の民主主義を守る必要などない。国際社会は結局、そういう判断を下したのだ。国際社会とは言い換えれば、私であり、あなたである。

2014年に香港で民主化運動「雨傘革命」が発生した際、私は当時17歳だった周庭さんに日本人記者として初めてインタビューをした。振り返ってみれば、強固な信念も崇高な理念も不撓不屈の精神も、中国という巨大な国家権力の前ではまったく無力だったのかもしれない。この10年の間に起きた香港の激変を見ると、そう思わずにいられない。

あの時、彼女のなかには確かに強い信念と香港を愛する純粋な善意が宿っていた。取材を終えた直後は「将来、民主派の議員にでもなるのかな」と私は想像した。だが、香港の将来を本気で憂えて行動を起こした彼女の思いに、この世界はついぞ答えることはなかった。彼女は恐らくもう二度と香港の土を踏むことなく、事実上の亡命宣言をしたことになる。支払わされた代償は、あまりにも大きい。

自分たちの生活を犠牲にしてまで、よその土地の民主主義を守ることなどできない。世界の人々がそう思うのはまったく無理からぬことだし、中国はそれを見越して香港に対し無法な強権を振るうことに成功した。Stand with Hong Kongを貫けず香港を見捨てたことを、私たちはいつか後悔するかもしれない。

「申し訳ない」とつぶやきたくなるけれども、日本という安全地帯から発せられたその言葉はどこまでも空疎で薄っぺらく、無責任に宙を漂っていく。

周庭さんはインスタグラムで「私はついに言いたいことを言い、やりたいことをやれるようになった」と記している。「言いたいことを言う」。ただそれだけのことが、人間にとってどれほど尊く重いものであるか、彼女は誰よりも知っているだろう。香港の民主主義を見殺しにしてしまった私たち日本人としては、せめて自分らの自由と民主ぐらいは、守り続けたいものである。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story