コラム

国産ロケットH3の打ち上げは「失敗」である

2023年02月18日(土)21時29分
H3

固体ロケットブースターへの着火信号が出ず、打ち上げられなかったH3ロケット(JAXAのライブ中継動画から)

<国産ロケットH3の打ち上げは「中止」か「失敗」か。共同通信記者が炎上しているが、同じことをアメリカや中国がやれば、どう表現するのか>

国産ロケット「H3」の打ち上げが、......と書き始めたところで、どのような言葉を続けるべきなのか、分からずにいる。というのも「中止」か「失敗」か、どちらの言葉で形容すべき事態なのか判然としないからだ。そう思って2月18日付の朝刊各紙の見出しを比べると、次のようになっていた。

<朝日新聞> 新型「H3」打ち上げ中止
<毎日新聞> H3発射直前で中止
<読売新聞> H3打ち上げ直前中止
<日経新聞> H3打ち上げ「中止」
<産経新聞> H3打ち上げ中止
<東京新聞> H3ロケット発射できず

なるほど、世論の趨勢はすでに「中止」ということで片が付き始めているようだ。

JAXAの会見時にネット上で注目されたのは、共同通信記者とのやり取りだ。失敗という言葉を使わずに事態を説明する担当者に対し「分かりました。それは一般に失敗と言いまーす」と記者が"捨て台詞"を放ったとして、ネット上では大いに非難を呼んだ。いつものように匿名の隠れ蓑をかぶった人々が、記者の個人名や顔写真を晒すという愚行を繰り返している。

JAXAは「ある種の異常を検知したら止まるようなシステムの中で、安全、健全に止まっている」と言い、今回の結果を「失敗だとは考えていない」と説明した。その言葉を額面通りに受け取るなら、「中止」と表現して良いのかもしれない。だが、「中止」と「失敗」のどちらがより正確かつ客観的に状況を伝えているかと言えば「失敗」という言葉ではないだろうか。

今回は点火後に何らかの異常事態が発生し、爆発や墜落といった最悪の事態を回避するために、発射直前で打ち上げを「中止」する装置が作動したのだという。でも、打ち上げようと思っていたロケットを打ち上げることができなかったのだから、「失敗した」と形容するのが妥当だろう。

「中止」という言葉には、悪天候で取りやめたという程度の軽やかさ、大したことないよ、次はできるよ、という感じがある。やろうと思えばできたけど敢えてやめた場合にも、「中止」という言葉は使われる。

この言葉のアヤみたいな話は、1945年8月15日に発生した出来事を「終戦」と呼ぶか「敗戦」と呼ぶかという問題によく似ている。よりビビッドに事態を表現しているのは「敗戦」だが、日本人の多くが今なお「終戦」という言葉を使いがちであるように、客観的過ぎる表現は、当事者には時に受け入れ難いものである。

JAXAの研究者たちが「失敗」という表現を避けたのは、当事者である以上は当然だろう。だが、当事者が「これは失敗でない、中止だ」と言っているからそれをそのまま記事にしたのでは、JAXAの広報紙を読まされているようなものだ。客観的にどういう言葉で表すのが適切かを追求した共同通信の記者には、むしろあっぱれと言いたい。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。現在は大分県別府市在住。主な著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)、『香港少年燃ゆ』(小学館)、『一九八四+四〇 ウイグル潜行』(小学館)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:広がるドローンやミサイルの脅威、旅客機パイロ

ワールド

米・イスラエル支持なら財産没収 イラン当局が海外在

ビジネス

〔兜町ウオッチャー〕日本株「底打ち」サイン、一部デ

ビジネス

ユーロ圏投資家心理、3月の指数はイラン戦争受けて低
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ダイヤモンドのような「ふくらはぎ」を鍛える最短ルートとは?...スクワットの真実
  • 2
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗雲...専門家「イランの反撃はこれから」「報道と実態にズレ」
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    「溶けた金属のよう...」 ヨセミテ国立公園で「激レ…
  • 5
    大江千里が語るコロナ後のニューヨーク、生と死がリ…
  • 6
    なぜ脳は、日本的「美」に反応する? 欧米の美とは異…
  • 7
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 8
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 9
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 10
    最後のプリンスが「復活」する日
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 4
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 5
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 6
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 10
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story