最新記事
シリーズ日本再発見

なぜ日本語は漢字を捨てなかったのか?...『万葉集』は試行錯誤の場ではなかった

2024年06月15日(土)10時00分
今野真二(清泉女子大学教授)

元暦校本万葉集

「元暦校本万葉集」出典:ColBase


 

また、漢字によって日本語を文字化するということを話題にするにあたって、「文字社会」の広狭が考慮にはいっていないことが少なくない。

現在は文字を読み書きできる人の数が多い。つまり「文字社会」が広い。しかし、8世紀頃、文字を読み書きできる人は相当に限定的であったと思われる。

中国語、漢字についての知識、理解がなければ漢字によって日本語を文字化することはできない。

中国語を母語として日本語が理解できる人、日本語を母語として中国語がかなり、あるいはある程度理解できる人が、漢字を使って日本語を文字化できる人であっただろう。

「日本語を文字化する」ということの中心(センター)に漢字があった。そして後に述べるように、漢文訓読が日本語の「かきことば」の発生に深くかかわっていた。

そうであるならば、漢字は日本語を文字化するための文字であることを超えて、日本語に深くかかわりをもった存在であったことになる。

そう考えると、仮名がうまれたからといって漢字を捨てなかったことは、むしろ当然といってよい。

8世紀の時点ですでに漢字は日本語とともにあり、その頃から漢字とともに日本語の歴史が動き出したといえるだろう。


今野真二(Shinji Konno)
1958年神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。高知大学助教授を経て、現職。専門は日本語学。著書に『仮名表記論攷』(清文堂出版,第30回金田一京助博士記念賞受賞)『日本語の考古学』『『広辞苑』をよむ』(ともに岩波新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『辞書をよむ』(平凡社新書)、『日本語の教養100』(河出新書)など多数。


614Xq2R1SzL._SY466_.png


 『日本語と漢字──正書法がないことばの歴史
 今野真二[著]
 岩波新書[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局

ワールド

ポーランドの2つの空港が一時閉鎖、ロシアのウクライ

ワールド

タイとカンボジアが停戦に合意=カンボジア国防省
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中