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「社宅」という、もう1つの職場――何のために造られたのか

2019年09月30日(月)11時25分
松野 弘(経営学者、現代社会総合研究所所長)

挨拶回りをしなかったり、さまざまな行事に非協力的な態度をとると、意地悪をされたり、近所づき合いから排除されるという、いわゆる「村八分」状態になる。ある友人は日本でも超一流の有名な同族会社に勤務した際に社宅に入り、奥さんのゴミの出し方が悪いといって、その社宅の班長によって自宅の前でゴミの出し方を注意されたそうだ。彼はその後、運命共同体のような日本の会社を辞め、成果主義を基本とする米国の大手企業へと転職していった。

こうした社宅の人間関係は国内だけでなく、海外赴任すると特にひどいようだ。社宅だけの日本人同士のつき合いがより深くなるために、社宅の人間関係が悪くなるとノイローゼになる奥さんも数多くいると聞いている。

筆者も社宅暮らしをしている伝統的な有名企業の社員を知っているが、驚くなかれ、つい最近までは風呂も共同で入り、社宅で社員の家族の誕生会もやっていたそうだ。だから、少しでも休みがとれると、こうした息苦しい雰囲気の社宅から脱出して、どこでもいいから家族で旅行するのだという。

社員の物理的な囲い込みが行われていた

社宅の起源は、江戸時代の幕府管理下の旗本屋敷システムや幕府の農民監視のための「五人組」(農民の共同組織)にあるとも言われているが、さだかではない。社宅を通じて、社員同士の友愛関係を築いてもらいたいと考える一方、社員の会社への献身のための生活管理を行う、という発想から出てきたというのが通説である。

つまり、極端にいえば、会社と社員の絆は「仕事」ではなく、会社(家)という「運命共同体の一員(家族)」になること、すなわち、人格的関係の締結にあるということなのである。いわば主従関係であり、そうした温情主義的関係(paternalistic relationship)を持つことで、社員は経営者に「忠誠」(loyalty)を誓い、経営者は社員に「服従」を強いるということになる。

伝統的な大手企業や同族企業はこうした企業内の一体感を維持していくために、社宅制度を充実・拡大させてきた。入社式、社員研修、社内運動会、社内の飲み会等が企業としての運命共同体の精神的な絆を強化する要素であるのに対して、社宅は社員の物理的な囲い込みと言ってもよいだろう。

現在の社宅の多くは、メーカーの工場に勤務している従業員や金融関係(銀行・生保関係)の企業の社員等が利用しているようである。というのは、工場の場合には、早朝勤務や夜間勤務があるので、工場から近いところに居住するのが便利だということがある。他方、金融関係の総合職は3~4年ごとに全国レベルで転勤があるので、当然、社宅があったほうが引っ越しもしやすいし、家賃も安いということになる。

民間企業以外にこうした社宅を数多く保有しているのは政府である。国家公務員は全国の地方部局や地方事務所へと2~3年ごとに転勤していくので、社宅(公務員社宅、いわゆる官舎)は都合がいいのであろう。

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