コラム

記者クラブvsツイッタージャーナリズム

2010年12月14日(火)14時44分

 国際交流基金の招きで10月から2カ月間日本に滞在していた中国人ジャーナリストでブロガーの安替(マイケル・アンティ)が先週、都内で最後の講演会を開いた。安替の話を聞くのは4回目だったが、1つ驚かされたことがあった。中国人の彼の口から日本の既存マスメディアを象徴する言葉として「記者倶楽部」という単語が何回も飛び出したのだ。

 10月にメディアジャーナリストの津田大介氏と本サイトでツイッターについて対談してもらったときに、安替の口から「記者倶楽部」という言葉は一言も出なかった。その後、安替は記者クラブ批判の急先鋒であるジャーナリストの上杉隆氏とやはりツイッタージャーナリズムをテーマに対談した。ただ一方で全国紙やテレビ局も訪れて記者たちと交流していたようだから、必ずしも彼が新メディア側に「洗脳」されたわけでもないはずだ。それこそジャーナリストとしてこの2カ月、日本メディアの現状について見て触れた結果、自然と記者クラブを「自己検閲する日本の旧メディア」の象徴的存在として捉えるようになったのだろう。

 今や新聞やテレビ、通信社など日本の既存メディア側にすらだれも記者クラブの存在を全面肯定する者はいないはずだが、それでも彼らの間にはいわゆる記者クラブ批判に対する違和感が今もある。旧メディアが「批判の批判」をするのは、実は新メディア側の「思い込み」にも原因がある。

 例えば、月刊誌「g2」(講談社)最新号の安替との対談で上杉氏は次のように発言している。


 上杉 中国がうらやましいです(笑)。日本の場合は国民が洗脳されています。「我々は自由だ」と思い込まされて、記者クラブが発表したニュースを、「これこそがジャーナリズムだ」と完全に信じ込んでいる。

 ところが実際は、政府が記者クラブに発表した官製情報をそのままニュースとして流しているだけにすぎないわけです。

 当たり前だが「記者クラブがニュースを発表する」ことはない。仮にこの言葉が「記者クラブ発のニュースをジャーナリズムと信じ込んでいる」という意味だったとして、既存メディアが「官製情報をそのままニュースとして流しているだけ」というのは、必ずしも実態を正確に反映していない。

 もちろん「タテのものをヨコにする」だけの記事もある。ただそれは仕事の瑣末な部分で、多くの記者たちは政府機関の「隠しごと」をスクープしようと、ある者は正義感から、ある者は功名心から日々血眼になっている。これこそがなすべき「プロの仕事」だ、と今も彼らは信じているはずだ。記者クラブで取材する記者イコール当局と癒着している記者、と考えるのはやや短絡的である。

 ただ旧メディアが自負する「プロの仕事」が、これまで自分たちが教え、教えられてきたやり方でしか達成できない、というのもまた思い込みにすぎない。「サツ回り(注:警察担当記者)もやったことない奴に何がわかる」と彼らのいら立ちの根底にあるのは、今まで自分たちが築いてきた権威や情報源といった既得権を奪われることへの恐怖心とジェラシーだと思う。苦しい警察取材を何年もやった人間だけが真実に迫れるわけではないし、そう考えるのは驕りでしかない。

 新メディア側が「既得権にしがみつく旧メディア」の象徴として記者クラブを捉え、この問題を追及し続ける背景には、一定の「消費者ニーズ」がある。そのニーズとは旧メディアに対する不信感にほかならない。不信感が生まれるのは、一義的には「消費者」の本当に求める情報を既存メディアが報じないからだが、その根っこの部分には、個々の記者はそうでないとしても、旧メディアと権力がどうしようもなく構造的に一体化している現状がある。それは一連の検察問題を見ればよく分かる。

 インターネットの登場で大きく変わった情報の流れは2010年、ツイッターの本格普及とウィキリークス事件でまた一段とオープン化・フラット化の方向にシフトした。玉石混合のネタの洪水が消費者に向かって押し寄せている今こそ、正しい情報を見つけ、伝える「プロの仕事」が求められているはずだが、大半の旧メディアの記者たちは大海に漕ぎ出す勇気をもてないまま、記者クラブが象徴する「権威」という孤島にしがみついているように見える。情報統制国家で暮らす安替はきっと、そこに不信の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。

 日本メディアの現状は、まるでツイッターユーザーという「紅衛兵」の大波が、旧メディアという「走資派」を呑み込もうとしているようでもある。他人事ではないが。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

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