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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
祝33人救出! でも微妙なチリとボリビアの距離
33人の作業員が地下700メートルに閉じ込められたチリの鉱山落盤事故が、ついに感動のクライマックスを迎えた。被害者たちの強靭な精神力と、綿密に練られた救出作戦、そして計り知れない幸運が実を結んだ、まさに奇跡の生環劇。救出用カプセルに乗り込む様子までライブ中継するあたりは演出過剰に思えるが、今はそんなことを言うのも憚られるほどのお祝いムードに包まれている。
もっとも、感動てんこ盛りの報道が一段落すれば、いずれ避難所での人間関係の内幕や彼らが手にする補償金をめぐる騒動といった美しくない話も聞こえてくるのだろう。事故原因の解明や救出作戦の冷静な評価が可能になる頃には、「美談」のいくつかは立ち消えになっているかもしれない。
なかったことにされかねないエピソードの一つが、チリとボリビアの親密な関係だ。33人の中で唯一の外国人が、チリに出稼ぎに来ていたボリビア出身のカルロス・ママーナ。チリ政府はママーナの家族にもチリ人被害者の家族と同じ手厚い保護を与え、現場近くにはチリ国旗と並んでボリビア国旗を掲げる気遣いをみせた。
ボリビア側もチリの配慮にたびたび謝意を表明しており、救出作業が始まった10月12日にはボリビアのモラレス大統領が現地を訪れ、「ボリビアはチリ人の努力に感謝している」とあらためて語った。
とはいえ実際には、この2つの国は犬猿の仲で、正式な国交さえない。チリ北部に国境を接するボリビアは、かつて太平洋側の海岸線に領土を保有していたが、19世紀末の南米太平洋戦争でチリに敗れて土地を奪われ、内陸国に。資源豊富な沿岸部を手に入れたチリが経済発展を遂げたのに対して、ボリビアは今も南米の最貧国の一つだ。それだけにボリビア側の恨みは根強く、小学生の子供でさえ、領土紛争の歴史とチリへの怨念を叩き込まれているほど。今も海軍を保有し、「海へのアクセス」を求め続けている。
ただ、落盤事故の少し前から歩み寄りが始まっていたのは事実だ。今年2月にチリでマグニチュード8・8の大地震が発生すると、ボリビアの外相が被災地入りし、大量の支援物資や寄付金を贈った。関係改善に意欲的なモラレス大統領が、3月に行われたチリのピニェラ大統領就任式に出席したのも画期的だった。
歩み寄りの背景には、異なる思惑がある。アルゼンチンが自国内の需要に応えるためにチリへの天然ガスの輸出を制限した影響で、チリはボリビアの豊富な天然資源が喉から手が出るほど欲しい。ボリビアも領土問題で妥協を引き出せる好機とみて対話に応じ、この7月には領土問題を含む13項目を話し合う公式な政策協議も行われた。
落盤事故での共通のカタルシス体験が起爆剤となって、関係改善が一気に進めばベストだろう。だが、ピニェラは領土譲渡に応じる気はないと再三語っており、両国の仲良しムードは救出作戦の高揚感による一時的なものに終わる可能性が高そうだ。。そもそも、南米随一の保守派リーダーで親米のピニェラと、ベネズエラのチャベス大統領と親しい反米・左派の急先鋒、モラレスの蜜月がそう長く続くとも思えない。
ボリビアの天然ガスを優先的に使える権利の代償として、チリがボリビアに海岸部への自由なアクセスを保障する(領土譲渡はなし)という中間案も取り沙汰されているが、日中、日韓の歴史をみれば明らかなように領土問題は複雑な感情が絡むため、多少の譲歩も政権の命取りになりかねない。沿岸部に輸出入の拠点をもつことでボリビア経済が好転すれば、ママーナのような出稼ぎボリビア人の困窮も少しは救われるのだが。
──編集部・井口景子
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