コラム

テキサス州の幼児向け銃乱射対処マニュアルにプーさん登場で物議 「逃げられないなら全力で戦え」とも...

2023年05月31日(水)13時30分

銃犯罪が多いことに比例して、テキサスは銃規制が全米でもとりわけ緩い州の一つで、殺傷能力の高いセミオートマティックライフルAR-15なども保有できる。ユバルディ事件では18歳の若者がAR-15を乱射した。

南北戦争の歴史もあり、アメリカ南部には合衆国憲法第2条に認められた「個人が武装する権利」を重視する傾向が強い。とりわけテキサスにはそれが強く、州議会の過半数の議席を銃規制に消極的な共和党議員が占めている。

共和党とその支持者には「悪いのは銃ではなく精神疾患」といった論調が目立ち、銃規制よりメンタル面に不調を抱える患者への支援や、学校の防犯対策強化などに重点を置いている。ユバルディ事件の犯人もメンタル面での不調を抱えていたといわれる。

とはいえ、アメリカでは民間人100人あたり平均120丁以上の銃が普及しており、これは内戦の続く中東イエメンの2倍以上の水準だ。テキサスの水準はアメリカ平均よりさらに高いとみてよい。

中東の紛争地帯を上回るほど銃が蔓延するなかで「銃乱射対策の本丸」である銃規制がほとんど進まず、ほぼ同じタイミングでプーさんのマニュアルが配布されたとなると、保護者の目にはただ公的機関の「仕事やってますアピール」と映っても不思議ではない。

スタンドプレーはいらない

日本に目を転じると、アメリカと違って銃器を使った事件は少ないものの、それでも2019年5月に川崎市でスクールバスを待っていた小学生ら20人が殺傷された事件など、子どもを標的にした無差別殺傷事件は目立つ。

これに対処するには家庭だけでは無理があり、学校や行政、警察、地域の協力が欠かせないことはもちろんだが、そこで重要なのは相互のコミュニケーションと信頼関係だろう。

テキサスの場合、教育局のスタンドプレーや議員の党派的イデオロギーがそれぞれ先行して体系的な取り組みにならなかった。それは保護者の不安を汲みとった対策が取られていないという不信感を高め、家庭の不安と孤独感をさらに助長したといえる。

幸い日本の場合、各種の普及啓発パンフレットなどにアニメのキャラクターなどが用いられることは珍しくないものの、テキサスほどのスタンドプレーはないようだ。

しかし、それでもテキサスの事例は日本の関係者にとって、段取りやタイミングにも顧慮しないまま「子どもが好きなものさえ配れば」式の安易な発想はしない方がいい、といった意味での反面教師にはなるのかもしれない。悪意ある大人がいることを幼児に教えるのはファンタジーの住人には似つかわしくない仕事で、むしろ大人が果たすべき務めなのだから。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ロシア原油への制裁緩和を検討 世界原油高に対応

ワールド

トランプ氏、イランとの戦争「ほぼ完了」 想定より早

ワールド

イラン高濃縮ウラン、イスファハン核施設でなお保管=

ビジネス

トランプ米大統領、買収争奪戦中にネトフリとワーナー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    ダイヤモンドのような「ふくらはぎ」を鍛える最短ルートとは?...スクワットの真実
  • 4
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 5
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目…
  • 6
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 7
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 8
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 9
    なぜ脳は、日本的「美」に反応する? 欧米の美とは異…
  • 10
    プーチンに迫る9月総選挙の暗雲
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 7
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story