コラム

「ロシア封じ込め」の穴(2)──中東諸国「ウクライナ侵攻は我々の戦争ではない」の論理

2022年05月19日(木)13時00分

ただし、こうしたコメントは西側では表面化しにくい。「自分にとっての優先的な問題ではない」という意見には、ウクライナを全面的に支持するというニュアンスがないからだ。

言った途端にバッシングされることが容易に想像されるからこそ、DWの取材を受けた若者たちが匿名を条件にしたことは不思議でない。

しかし、この若者たちのコメントは、中東各国の政府の考え方をほぼ代弁したものといってよい。ほとんどの中東の国は、たとえシリアと敵対的であっても、あるいはアメリカの同盟国であっても、ロシアとウクライナの間でバランスをとり続けているからだ。

中東'親米国'のフタマタ

例えば、サウジアラビアは長年アメリカと安全保障、経済の両面で深い関係にあり、トランプ政権時代に掲げられた「中東版NATO」構想でも中核を占めた。そのサウジは3月2日の国連総会におけるロシア非難決議で賛成にまわったものの、対ロシア制裁には非協力的だ。

OPEC+(オペック・プラス)が5月5日、日量43万2000バレルの生産拡大で合意したことは、これを象徴する。

OPEC+は石油輸出国機構(OPEC)の加盟国と、ロシアなど非加盟の産油国が石油・天然ガスの生産量を調整する場だが、サウジはOPECで最大の発言力をもつ。

世界的な原油高とロシア産原油の流通減少に対応するため、アメリカなどはOPEC加盟国に生産増を求めてきた。これに対して、OPEC+で示された今回の生産増は、ごく限定的なレベルにとどまるものだった。

IS対策との温度差

もともとウクライナ侵攻の前後から、アメリカはサウジに対してOPEC+でのロシアとの協議そのものを見直すよう求めてきた。サウジはこれに抵抗したばかりか、実質的には原油価格を当面維持する決定を後押ししたことになる。それはロシアを日干しにしようとする西側とは一線を画すものだ。

ISがシリアとイラクの国境付近で「建国」を宣言した2014年、サウジは多くのOPEC加盟国の反対を押し切り、原油価格を実質的に引き下げた。その一つの目的は、シリアの油田を確保し、石油収入を主な資金源にしていたISを弱体化させることだった。

これは安全保障面でアメリカをバックアップする決定だったが、この時と比べると今回のサウジの方針は明らかに自国の経済的利益を優先させたものといえる。

ロシアと西側の狭間で

つまり、サウジアラビア政府の方針にも「我々の戦争ではない」という暗黙のメッセージが読み取れるわけだが、それ以外のアメリカの同盟国も多かれ少なかれ同様である。

ペルシャ湾岸のアラブ首長国連邦(UAE)は、サウジとともに中東におけるアメリカの主要パートナーで、やはり3月2日の国連決議ではロシア非難決議に賛成したものの、ロシアとの経済取引はその後も続けている。

UAEの一角を占めるドバイは観光地として名高いが、その一方で中東屈指の金融センターの一つでもある。そのUAEは3月以降、ロシア系企業や投資家の受け入れを進めており、西側との取引が難しくなったロシアのビジネス拠点の一つになる可能性が高い。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story