コラム

「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなる日──ウクライナ侵攻の歴史的意味

2022年04月05日(火)16時55分
対独勝利記念パレードでのロシア軍兵士

対独勝利記念パレードでのロシア軍兵士(2021年5月9日) MAXIM SHEMETOV-REUTERS

<ロシアで戦争を支持しない若者が国外脱出を図る一方、多くのウクライナ人も「国家のために戦う」ことを当たり前と考えているわけではない。この侵攻は古典的であると同時に、21世紀的な戦争でもある>


・ロシアでは強制的な徴兵への警戒感が広がっているが、ロシア軍は外国人のリクルートで兵員の不足を補っている。

・一方のウクライナでも、とりわけ若年層に兵役への拒絶反応があり、「義勇兵」の徴募はその穴埋めともいえる。

・「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなりつつあるなか、外国人に頼ることはむしろグローバルな潮流に沿ったものでもある。

「国家のため国民が戦う」。いわば当たり前だったこの考え方は、時代とともに変化している。ウクライナ侵攻は図らずもこれを浮き彫りにしたといえる。

ロシアの「良心的兵役拒否」

ウクライナ侵攻後、ロシア各地で反戦デモが広がっているが、その中心は若者で、年長者との年代ギャップが鮮明になっている。

家族内でも議論が分かれることは珍しくないようで、ドイツメディアDWの取材に対して29歳のロシア人男性は「両親は国営TVから主に情報を得ていて、政府の説明を鵜呑みにしてウクライナ侵攻を支持している」「友人と一緒になって説明したので、父親は政府支持を止めて自分たちと一緒に抗議デモに参加するようになったが、母親は頑として譲らない」と嘆いている。

こうしたロシアでは今、若者を中心に国外脱出を目指す動きが広がっており、その数はすでに20万人を超えたといわれる。その原因には経済破綻への恐怖だけでなく、強制的に徴兵されかねないことへの危惧がある。

戦争の大義を信用できない若者が兵役を拒絶する状況は、1960-70年代のアメリカでベトナム戦争への反対から広がった「良心的兵役拒否」を想起させる。

ともあれ、プーチンに背を向けるロシアの若者の姿からは「国家のため国民が戦う」ことへの拒絶の広がりがうかがえる。

兵員のアウトソーシング

これと並行して、ロシアは外国人で兵員の不足を補っている。

ロシア政府系の傭兵集団「ワーグナー・グループ」は、2014年のクリミア危機後、ウクライナ東部のドンバス地方で活動してきたが、ここには多くの外国人が含まれる。

しかし、こうした「影の部隊」だけでなく、正規のロシア軍も外国人ぬきに成立しなくなっている。

プーチン大統領は2015年、ロシア軍に外国人を受け入れることを認める法律に署名した。ロシア語を話せること、犯罪歴のないこと、などの条件を満たし、5年間勤務すればロシア市民権の申請がしやすくなる(情報部門は除外)。最低給与は月額約480ドル で、これはロシアの平均月収約450ドルを上回る。

情報の不透明さから規模や出身国、編成などについては不明だが、モスクワ・タイムズによると、貧困層の多いインドやアフリカからだけでなく欧米からも応募者があるという。その任務には戦闘への参加も含まれる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア大統領府、核実験巡り米国の説明待ちと報道官=

ワールド

米ケンタッキー州でUPS機が離陸後墜落、3人死亡・

ビジネス

JPモルガン、「デバンキング」問題で当局の問い合わ

ビジネス

パープレキシティ、AIエージェント巡りアマゾンから
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story