コラム

オーストラリアの反ワクチンデモが日本に無関係ではない理由──社会に溶け込む極右の危険性

2021年10月11日(月)18時05分

欧米で増える白人極右は、トランプ前大統領に代表されるように、「堕落したエリート(今の日本でいえば'上級国民'だろうか)」を敵視し、国家権力が私生活を脅かすことを強く拒絶し、その延長線上で個人の権利を最大限に強調する(ただし、それは「私の権利」であり、「他者の権利」ではない)。他者の尊厳を平気で傷つける言動も「表現の自由」で正当化することはその典型だが、「移動の自由」や「身体の自由」は反ロックダウン、反ワクチンの抗議デモの土台になってきた。

そのため、オーストラリアの極右政党「一つの国民(One Nation)」のパウリン・ハンソン党首は9月21日、反ワクチンデモを支持したが、これに対して自由党のビル・ショーテン上院議員は同日、「極右の、ひどく幼稚なナチス(hard-right man-baby Nazis)がトラブルを引き起こした」と批判している。

となりに当たり前にいる極右

とはいえ、ここで注意すべきは、メルボルンなどでのデモ参加者のほとんどは極右と無関係の一般市民で、ただ生活苦への不満を表明するために集まっていることだ。実際、一連の抗議デモで人種差別的なヘイトスピーチなどはほとんど確認されていない。

その一方で、極右の介在は広く報じられているため、多くの参加者がこれを知っていても不思議でないが、それでも抗議デモは拡大した。ほとんどのデモ参加者にとって大きな問題は、抗議デモに極右が介在していることよりむしろ、ロックダウンやワクチン義務化といったコロナ対策そのものだからだろう。

だとすると、これは長期的には、デモが暴徒化するより深刻といえる。抗議デモをきっかけに極右に対する心理的ハードルが生活の苦しい人々の間で下がっているとみられるからだ。

すでにオーストラリアでは、アメリカやヨーロッパと同様、移民の増加などを背景に白人極右の活動が活発化している。保安情報機構(ASIO)は2020年、オーストラリアの政治的な暴力事件の約40%が白人右翼によると公表した。また、2019年2月にニュージーランドのクライストチャーチで発生した、55人の犠牲者を出したモスク銃撃事件の犯人ブレントン・タラントはオーストラリア人である。

テロにまで至らなくても、コロナ禍は人種差別を助長させてきた。とりわけ、集まって礼拝したりすることの多いムスリムがコロナ感染拡大の元凶とみなされやすく、メルボルン大学のサハール・ギュムカー博士はコロナ対策違反を取り締まる警察がムスリム居住地域を集中的にパトロールし、白人居住地域にはほとんど足を運ばない実態を告発している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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