コラム

9.11から20年──アメリカをむしばむビンラディンの呪いとは

2021年09月14日(火)12時15分

これに拍車をかけたのがリーマンショック(2008)後の経済停滞だった。

巨額の予算がテロ対策に投じられる一方、国民生活が窮乏するなか、早期撤退を求める声は徐々に大きくなり、2011年には「アフガンからできるだけ早く撤退するべき」(56%)がついに「状況が安定するまで部隊を止めるべき」(39%)を上回った(PRC)。

対テロ戦争への疑問が高まるにつれ、アメリカ人は外国に部隊を派遣することに消極的になっただけでなく、政府も信頼しなくなった。9.11直後には愛国心の高まりを反映して、「政府を信頼する」と応えたアメリカ人は60%を超えていたが、2005年には早くも31%にまで減少し、さらにリーマンショックが発生した2008年には24%、およそ4人に1人にまで減った(PRC)。この低水準は、現在に至るまで、ほとんど回復していない。

9.11をきっかけに陥った泥沼は、多くのアメリカ人に「偉大な国」としての誇りをも失わせたといえる。

もう一つのテロの脅威

こうした「アメリカ社会の分裂」と「政府への不信感」は、やがて一つの形に結実した。トランプ前大統領に象徴される、白人右翼の台頭だ。そして、これはアメリカをさらに不安定にするものだった。

アメリカにおける白人至上主義には19世紀にさかのぼる古い歴史がある。しかし、対テロ戦争の始まりとその後の停滞、そして連邦政府への不信感の増幅は、人種差別的、反動的な動きを爆発的に増加させるのに十分だったとみてよい。

その結果、数多くの統計によると、アメリカにおいて白人極右によるテロ事件の方がイスラム過激派によるものより増加している。例えば、経済平和研究所によると、2019年のアメリカにおけるテロ事件の犠牲者39人のうち34人までが白人極右によるものだった。

「偉大なアメリカを取り戻す」と叫び、政治家や企業家といったエリートに対する多くの人の不信感を汲み上げたトランプ大統領の登場は、それ自体が対テロ戦争後のアメリカの縮図だったともいえる。言い換えると、トランプ登場の演出家の1人はビンラディンだったとさえいえる。

ただし、トランプの登場がアメリカの分断をさらに深め、党派にかかわらず公権力への不信感を強めたことは確かだ。

それはアメリカをさらに不面目な事態に追いやった。とりわけ、2020年大統領選挙の結果を「組織的な不公正」と強調するトランプに呼応して、白人極右が連邦議会議事堂を占拠した事件は、多くのメディア、とりわけアメリカメディアでは「暴動」という控えめな言葉で呼ばれたが、アメリカ以外で同じことが発生すれば、もはや「内乱」と呼ばれても仕方ない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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