コラム

イスラエルはコロナワクチン接種の「成功例」か──捨てられる人々

2021年05月01日(土)12時30分

アムネスティなどが指摘した「占領地」とは、イスラエルが軍事占領しているパレスチナを指す。

パレスチナのヨルダン河西岸地区とガザ地区は1947年の国連決議でパレスチナ人のものと定められていたが、イスラエルは1967年の第3次中東戦争のどさくさの最中に占領し、その後ユダヤ人の入植を進めた。これは国際法で禁じられる植民地にあたる。

イスラエル国民の大部分を占めるユダヤ教徒、とりわけ保守派の間には、ヨルダン川西岸やガザを含むパレスチナ全域を、聖書に記述のある「カナーン(ユダヤ人が神から与えられた土地)」と捉える考え方があり、国連の決議にもかかわらず長年これらを支配してきたのだ。

このうち、ガザに関してはイスラエル政府が2005年に入植地を撤去した。しかし、反イスラエルを叫ぶイスラーム武装組織ハマースのテロ活動を抑えるためとして、イスラエルはその後ガザへの物流を封鎖した。その結果、ガザでは現在に至るまで食料や医薬品が慢性的に不足し、停電も常態化している。

一方、ヨルダン河西岸に関しては、その大部分をイスラエルが現在も軍事的に占領し、入植を続けている。そのため、占領地ではイスラエル兵と住民の衝突が絶えない。

パレスチナには現在、暫定政府が樹立されているが、イスラエルによる実効支配のもと、暫定政府は実質的には政府としての役割をほとんど果たせていない。これを念頭にアムネスティなどは、イスラエルがヨルダン河西岸やガザなどでコロナワクチン接種を進める法的義務を負っているにもかかわらず、それを果たしていないと告発したのだ。

この観点からアムネスティなど19の人権団体は、「イスラエルの予防接種率は60%以上」と発表しているオックスフォード大学のOur World in Dataに対してもイスラエル国民だけを母数にしたデータは、イスラエルの占領政策やその法的責任を無視した政治的データと批判している。

イスラエルが負うべき負担とは

イスラエル政府の無作為を反映して、パレスチナ占領地ではコロナ感染が拡大している。

ヨルダン河西岸とガザに暮らすパレスチナ人は約497万人だが、4月27日までの累計感染者は32万人、死者は3452人にのぼる。人口規模が20倍以上の日本における同時期の累計感染者、死者がそれぞれ57万人、約1万人であることから、感染リスクの高さがうかがえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ6連騰、S&Pは横ばい 長期金利

ビジネス

エアビー、第1四半期は増収増益 見通し期待外れで株

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、金利見通しを巡り 円は3日

ビジネス

EXCLUSIVE-米検察、テスラを詐欺の疑いで調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story