コラム

「アラブの春」から10年──民主化の「成功国」チュニジアに広がる幻滅

2021年02月02日(火)12時00分

中東・北アフリカでも事情は同じだ。

10年前にチュニジアで「アラブの春」の引き金となった大規模な抗議デモが発生したのは、2008年のリーマンショックで物価が乱高下し、人々の生活が極度に悪化していたことを大きな原因とした。さらにその後、原油価格の急落を受けた景気悪化で、2年ほど前からは周辺のスーダンやエジプトでも抗議デモが拡大しており、このうちスーダンでは2019年4月、この国を30年以上にわたって支配したバシール大統領が失脚している。

自由で民主的であるがゆえの幻滅

ただし、周辺国と比べてもチュニジアでは政府への不満が大きくなりやすい。

実際、世界価値観調査によると、政府を「あまり」「全く」信頼しないと回答した割合はチュニジアで80%を超えた。これは「独裁者」エルドアン大統領によってSNSなどが制限されているトルコや、アメリカがことさら敵視するイランなどをはじめ、多くの周辺国をしのぐ。

Mutsuji210201_TunisiaGov.jpg

自由で民主的な国ほど政府への信頼が低くなりやすいことは、世界全体にも共通するパターンだ。

自由で民主的であることは、「政府が国民のことを考えて当たり前」と思いやすくする。しかし、政治体制と経済パフォーマンスが一致するとは限らない。言い換えると、自由で民主的な国の方が経済成長に適しているという証拠はない(独裁的であれば国民生活がよくなるとも断定できないが)。

逆に、自由でも民主的でもない中国などで「政府をあまり(あるいは全く)信頼していない」という回答が少ないのは、監視の目を恐れてという理由もあるだろうが、 最初から「政府が国民のことを考えて当たり前」と思っていなければ、少しでも政府から恩恵があった時に、先進国では考えられないほど政府を高く評価しても不思議ではない。

確かなことは、期待が高いほど、それが実現しなかった時の幻滅が大きいということだ。期待ほどの利益が得られない状態は「相対的剥奪」と呼ばれるが、最初から利益を期待できない場合より不満が募りやすい。つまり、自由で民主的であることは、政府への期待を抱きやすいがゆえに裏切られた感覚も強くなりやすい。

10年前、生活苦への不満を背景に自由で民主的な体制を勝ち取ったチュニジアでは、「独裁から解放されたのだから自分の生活はよくなって当たり前」という期待が大きかっただけに、「裏切られた」幻滅が大きいといえる。「アラブの春」の優等生チュニジアが陥った騒乱は、自由と民主主義がグローバルスタンダードになった現代に現れやすい反動の一つなのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story