コラム

「アラブの春」から10年──民主化の「成功国」チュニジアに広がる幻滅

2021年02月02日(火)12時00分

チュニスでの反政府デモ(2021年1月26日)  ZOUBEIR SOUISSI-REUTERS


・チュニジアは10年前、中東・北アフリカ一帯に広がった「アラブの春」の成功例として語られてきた

・しかし、ロックダウンへの反発をきっかけにチュニジアでは反政府デモが激化し、警察との衝突で死者も出ている

・チュニジアの騒乱は自由や民主主義への期待が大きいことが招きやすい幻滅を象徴する

「アラブの春」の優等生と評されたチュニジアで広がるデモと衝突は、自由と民主主義への期待が大きすぎたことの反動といえる。

死者を出したチュニジアの衝突

北アフリカのチュニジアでは1月14日、コロナ対策を目的に全土でロックダウンが宣言されたのをきっかけに、これに反発するデモ隊の抗議活動が激化。連日、警官隊と衝突が繰り返され、数百人の逮捕者を出していたが、1月25日にはとうとうデモ隊から1名の死者が出るに至った。

犠牲者の家族によると、死亡したデモ参加者は頭部に催涙弾が直撃したという。政府は当時の状況を調査するため、警察への聞き取りを開始したと発表しているが、犠牲者が出たことでデモ隊の怒りはエスカレートし、警官隊との衝突はさらに激化している。

デモ隊は政治家の汚職や警官の横暴などにも抗議し、逮捕されたデモ参加者の釈放も要求している。あるデモ参加者はフランスメディアのインタビューに「政治家は腐敗している。政府やシステムの変化が必要だ」と述べている。

例外的な優等生

こうした騒乱の広がるチュニジアだが、決して自由や民主主義のない国ではない。むしろ、独裁や内戦の目立つ中東・北アフリカにあってチュニジアは、例外的に民主的な国と目される国の一つだ。

2010年から2011年にかけて中東・北アフリカ一帯に広がった政変「アラブの春」で、チュニジアでは「独裁者」が失脚した。当時20年以上にわたって支配していたベン・アリ大統領は2011年11月、抗議デモの高まりで軍が離反した結果、サウジアラビアに亡命した。

「独裁者」退場後のチュニジアでは、選挙が実施され、新たな憲法も成立したものの、各党派の間の派閥抗争が激化し、議会政治の存続も危ぶまれた。しかし、人権団体や弁護士協会などの働きかけで政党間の対話が促された結果、2014年には平和的な政権交代も実現した。

その結果、政党間の対話を働きかけた民間団体の連合体「国民対話カルテット」が2015年にノーベル平和賞を受賞するなど、チュニジアは欧米諸国から高く評価されてきた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

グリーンランド首相「米は島を手に入れず」、トランプ

ビジネス

中国3月製造業PMIは50.5に上昇、1年ぶり高水

ビジネス

鉱工業生産2月は4カ月ぶり上昇、基調は弱く「一進一

ビジネス

午前の日経平均は大幅続落、米株安など警戒 一時15
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story