コラム

大統領選後の暴動・内乱を警戒する今のアメリカは途上国に近い

2020年11月05日(木)19時00分

オークランドの遊説先のトランプ大統領(2020年10月30日) CARLOS BARRIA-REUTERS


・「大統領選挙の結果次第で大規模な暴動や内乱が発生するかもしれない」と懸念されること自体、アメリカが途上国化していることを示す

・途上国では「選挙をめぐる暴力」が珍しくなく、とりわけアフリカの選挙では約10分の1で大規模な衝突が発生し、約4分の1で死者が出ている

・途上国で選挙をめぐる暴力が多い背景には、「一つの国民」としての意識の薄さ、「勝てば官軍」の思考の強さ、そして国家や選挙といった制度そのものへの不信感があげられ、これらは今のアメリカにも通じる

民主主義の最先端を自負してきたアメリカは、今や途上国に近づいている。大統領選挙をめぐって高まる「選挙をめぐる暴力」への懸念は、貧困国ではむしろ珍しくないからだ。

内乱への危機感

「結果次第では暴動や内乱になるかもしれない」という観測は、アメリカ大統領選挙をかつてない緊張感に包んでいる。そのきっかけは、「郵便投票は不正」と主張するトランプ大統領が選挙に負けたら結果を受け入れないと明言した一方、人種差別反対のデモ(BLM)への暴力が目立ち、そのうえ厳しいコロナ対策で知られるミシガン州のウィットマー知事の誘拐を企てた右派民兵プラウド・ボーイズを明確に非難せず、「下がって待機せよ(Stand back and stand by)」と述べたことだった。「その時が来るまで待て」と解釈できるこの発言は、選挙そのものを人質にして有権者を脅迫したに近い。

アメリカでは春からBLMの一部が暴徒化し、公的機関の破壊とともに、右派団体との衝突も増えている。これまでにすでに高まっていた右派・左派の全面衝突への警戒から、全米の投票所では警備が強化されている。

さまざまな問題があるにせよ、選挙は本来、「誰が権力者か」を平和的に決める手段として発達した。

議会制民主主義の母国イギリスでは17世紀まで「誰を君主に据えるか」をめぐって内乱が絶えなかった。そのなかで投票(当時の有権者は一握りの貴族だったが)が行われるようになったことで、「たたき割った頭の数の多い方が物事を決めていたのが、生きている頭の数の多い方が物事を決められるようになった」といわれる。

そのイギリスから独立したアメリカの現状をみると、先祖返りしたようにも映る。

珍しくない「選挙をめぐる暴力」

ただし、今の世界を見渡せば、選挙をめぐる暴力(Electoral violence)は珍しくない。EUからの離脱の賛否を問う2016年のイギリスの国民投票では、投票日直前に残留派ジョー・コックス議員が右派男性に殺害された。この国民投票で「勝者」となった右派の暴力はさらにエスカレートし、投票日からの1カ月間にイギリス全土で少なくとも134件の暴力事件が発生している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story