コラム

年金アジアNo.1のシンガポール――「自助努力」重視でも年金は拡充させる

2019年11月13日(水)18時10分

「自分のことは自分で」でも国家が国民を守らないわけではない

シンガポールの一つの特徴は、「自助努力」が強調されながらも、年金など社会保障に国家が全面的にコミットしていることだ。

シンガポールでは雇用主と雇用者のいずれも加入が義務付けられている中央積立基金(CPF)のもとに社会保障が一括管理されている。ここには三つの口座が設けられていて、加入者はそれぞれに保険料を積み立てる。

・通常口座(Ordinary Account)住宅購入、教育など
・特別口座(Special Account)年金、不測の事態
・メディセイブ口座(Medisave Account)入院、医療

このように国民生活のほとんどを公的サービスがカバーする。そのため、同じように「自分のことは自分で」という発想が基本でも、シンガポールはこの点でアメリカと異なる。アメリカの場合、民間の年金など市場に社会保障を委ねる割合が高く、これが格差の拡大に拍車をかけているが、国家が一元的にカバーするシンガポールの制度は格差を圧縮する効果が高いといえる。

一方、シンガポールは日本の制度とも大きく異なる。日本の場合、業種や企業ごとに年金や健康保険が分断されている。いわばつぎはぎの制度設計は、企業や業種ごとの特性に合わせたものともいえる。

しかし、各国の社会保障の比較に先鞭をつけたデンマークの政治学者エスピン=アンデルセンによると、業界団体などが大きな役割を果たすタイプでは、業種間の格差が生まれやすいだけでなく、業種間の労働力移動が妨げられやすい。

これに対して、国家のもとで一元的な制度が確立したシンガポールは、この点だけなら社会福祉先進国である北欧諸国のそれに近い。

ビジネスと社会保障の両立

シンガポール建国の父リー・クアン・ユーはヨーロッパの充実した社会保障を「独立心を妨げるもの」とみていたという。自助努力を基本とするシンガポールの社会保障は、この哲学に基づく。

だとすると、なぜその後のシンガポールでは、年金改革をはじめとする社会保障の拡充が進められたのか。そこには、高齢化などの社会情勢の変化だけでなく「よい社会保障が国際競走を勝ち抜くために必要」という考え方があったとみられる。

都市国家で国土面積が狭いシンガポールは、金融をはじめ利益率の高い産業を育成することで生き残りを図ってきた。そのため、優秀な人材の確保、投資の誘致、起業の支援などに国をあげて取り組んでいる。

その結果、登記のしやすさなど「ビジネスのしやすさ」に関するランキング(世界銀行のDoing Business)や、国際競争力のランキング(スイスのビジネススクールIMEの世界競争力ランキング)などで、ほぼ毎年三位以内に入っている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国のインフレ高止まり、追加利下げに慎重=クリーブ

ワールド

カザフスタン、アブラハム合意に参加へ=米当局者

ビジネス

企業のAI導入、「雇用鈍化につながる可能性」=FR

ビジネス

ミランFRB理事、0.50%利下げ改めて主張 12
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの前に現れた「強力すぎるライバル」にSNS爆笑
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story