コラム

日本はTICAD7テコに中国から対アフリカ融資を取り戻せるか

2019年09月03日(火)17時15分

中国が融資にほとんど何も条件をつけないのと対照的に、IMFや世界銀行は融資の引き換えに財政赤字の削減などを求める。この条件の厳しさが、アフリカ各国を中国に向かわせた一因である。

しかし、中国からの借金が膨らむに連れ、アフリカには再びIMFや世界銀行に支援を求める動きも生まれている。今年4月、コンゴ共和国はIMFに支援を要請し、これと並行して中国とは返済期間の延長などの協議を開始。7月にIMFは約4億5000万ドルの融資を決定した。

こうした事態の発生は、中国にとって「高利貸し」のイメージがこれまで以上に広がることを意味する。TICAD7で日本がアフリカ各国をIMFや世界銀行に向かわせようとしたことは、この動きを加速させるものといえる。

「日中冷戦」のもとの援助競争

こうした日本の「中国封じ」は、アフリカをめぐる日中のレースが新しいステージに入ったことを象徴する。

アフリカ進出を図る日本政府の目には、2000年代以降、急速にアフリカに進出する中国が一種の脅威と映った。その結果、日本政府はアフリカ向け援助額を増加させ、これに中国も援助額の増加で応じる「援助競争」が本格化したのだ。

ticadchart.jpg

付け加えると、そこには「近親憎悪」の一面もある。医療や教育といった社会サービスを援助の柱とする欧米諸国と異なり、日中両国はインフラ整備が援助の中核を占める点で共通するため、なおさら差別化が難しいのだ。

こうして激化した日中のレースは、米ソが勢力争いのために援助を惜しまなかった冷戦時代を彷彿とさせる。

深層でのつばぜり合い

ところが、援助競争は日中にとって負担が大きく、永久に続けられるものではなかった。とりわけ、日本にとっては、対アフリカ貿易額で中国の約10分の1に過ぎない状況で援助が頼みの綱だったが、有権者のアフリカへの関心が低いなか、援助額を増やし続けることが難しかったといえる。

その一方で、一時は首脳会談すら行われなかった日中関係は、2017年頃から徐々に改善。昨年6月には安倍首相が「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」と宣言するに至り、これと前後してアフリカを含む開発途上国での援助で日中が連携する協議も進められてきた。

これらを反映して、2016年のTICAD6では、援助の増額がストップ。一方、中国もこれとほぼ時を同じくして、援助の増額をやめた。こうして、金額を競う日中の援助競争は、ひと段落ついたのである。

ただし、日中の潜在的な緊張に変化はない。TICAD7で打ち出された債務管理は、公的な資金協力をこれ以上増やせない日本政府が、先述のコンゴで生まれたアフリカでの変化を踏まえて打ち出した新たな手法といえるだろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

-日産、11日の取締役会で内田社長の退任案を協議=

ビジネス

デフレ判断指標プラス「明るい兆し」、金融政策日銀に

ビジネス

FRB、夏まで忍耐必要も 米経済に不透明感=アトラ

ワールド

トルコ、ウクライナで平和維持活動なら貢献可能=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story