コラム

アメリカが離脱してロシアが立候補する国連「人権」理事会って何?

2018年06月22日(金)17時08分

そこには、大きく二つの不満がある。

第一に、アメリカがその人権侵害を批判してきた国も、現在の理事国に含まれることだ。

演説のなかでヘイリー大使は、中国、キューバ、コンゴ民主共和国、ベネズエラなどを名指しした。人権理事会の理事国には「最高水準の人権状況」が求められることになっているが、実際には国内の人権状況に問題がある国の政府もメンバーになっている。そのため、これら各国の人権問題が真剣に取り上げられない、というのだ。

第二に、トランプ政権にとってより重要なのは、人権理事会がイスラエル批判を繰り返してきたことだ。

実際、イスラエルによるパレスチナ占領の問題は、国連人権理事会の毎年の報告のなかで常に取り上げられており、これは他に例がない。これは理事国の議席の配分が、世界の国の数を反映して開発途上国に厚くなっていることによる。冷戦時代から多くの開発途上国は、パレスチナを占領するイスラエルをかつての植民地主義と重ねて捉え、パレスチナを支持してきた。

人権理事会のこのトーンが、イスラエル支持の鮮明なトランプ政権にとって受け入れがたいものだったといえる。トランプ政権は2017年10月に国連教育科学文化機関(UNESCO)を脱退したが、この時もやはり「政治的偏向」を理由にしていた。

アメリカが人権理事会を離脱することには多くの国から懸念や遺憾の意が表明されているが、イスラエル政府は歓迎の意向を示している。

アメリカの離脱は何をもたらすか

アメリカが人権理事会から離脱したことは、アメリカに友好的か敵対的かを問わず、深刻な人権侵害が指摘される政府に恩恵をもたらすとみられる。

アメリカは中国などが理事国になっていることを名指しして、人権理事会が機能していないと批判する。確かに、中国の少数民族弾圧の問題などが人権理事会で取り上げられることはほとんどない。

ただし、アメリカの友好国のなかで人権状況に問題が指摘される理事国に関しては、アメリカも沈黙しがちだ。サウジアラビア、ルワンダ、エチオピア、パキスタンなどがそれにあたる。

人権理事会から離脱し、その拘束から解放されたことで、アメリカのダブルスタンダード(二重基準)に拍車がかかっても不思議ではない。

とりわけ、パレスチナ問題に批判的な人権理事会からアメリカが離脱することで、いわば「お墨付き」を得たイスラエルが占領政策を強化することが懸念される。

その一方で、アメリカの離脱は、これまで以上に人権理事会で反欧米的な国が発言力を増すきっかけにもなる。とりわけ、冒頭で触れたように、アメリカが抜けて理事国が空席となったことで、ロシアが人権理事会への復帰を目指し始めている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

アングル:解体される「ほぼ新品」の航空機、エンジン

ワールド

アングル:汎用半導体、供給不足で価格高騰 AI向け

ワールド

米中間選挙、生活費対策を最も重視が4割 ロイター/
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 5
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 6
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 7
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story