コラム

静かに広がる「右翼テロ」の脅威―イスラーム過激派と何が違うか

2018年03月01日(木)14時00分

ところで、米国で「ヘイトクライム(憎悪に基づく犯罪)」と呼ばれる、主に白人至上主義者による黒人やムスリム、さらにその擁護者である白人をも対象とする事件は、「米国は白人の国であるべき」という政治信条によって立つものです。人種や宗教の違いが「政治的な意味」をもつことは、殺傷などをともなう重大なヘイトクライムが単純な犯罪ではなく、「政敵へのテロリズム」であることを意味します。

2月14日にフロリダ州の高校で発生した、17人が死亡する銃乱射事件で逮捕されたニコラス・クルーズ容疑者は、黒人やムスリムへの差別的な発言を繰り返し、白人至上主義者と結びつきがあったと報じられています。「米国が白人の国であるべき」と捉える者が、多くの人種・民族や宗教・宗派がともにある学校を、その政治的信条に反するものの象徴として標的にしたとするなら、これはテロリズムと呼ばざるを得なくなります。

拡散する白人右翼テロ

米国の場合、白人右翼によるテロは南北戦争の時代にまでさかのぼります。1865年、エイブラハム・リンカーン大統領(当時)が奴隷解放に反対する者によって暗殺されたことは、その象徴です。

ただし、2001年からの対テロ戦争、2008年のリーマンショック、2015年からのシリア難民危機などにより、米国をはじめ欧米諸国ではゼノフォビア(外国人嫌い)と呼ばれる風潮が広がったことで、殺人など重大な結果に至らないものを含めて、ヘイトクライムが増加傾向にあります。例えば英国では、同国内務省によると2017年に報告されたヘイトクライムが80,393件で、これは前年度比で29パーセントの増加です

白人右翼テロの標的は、黒人やムスリムだけでなく、多文化の共存を認める白人や団体にも向かいます。2011年7月にノルウェーで、移民受け入れを進めていた労働党の青年部の関係者69人を含む77人が白人至上主義者に殺害されたテロ事件は、その象徴です。また、EUからの離脱の賛否を問う国民投票の直前の2016年6月、EU残留を説いていた英国労働党のジョー・コックス議員が極右活動家に殺害された事件も、これに含まれます。

その根底には、「白人キリスト教徒、あるいはその国の多数派であることの特権」が浸食されることへの危機感があるといえるでしょう。

「物言わぬ」白人右翼テロ

欧米諸国で広がる白人右翼テロは、イスラーム過激派や左翼のテロと比べて、何が違うのでしょうか。

ドイツでは2018年1月、極右勢力「国家社会主義地下組織(NSU)」のメンバー、ベアーテ・チェーペ被告の裁判が最終段階に入りました。同被告は2011年、トルコ系移民を少なくとも10人殺害したとして逮捕されていました。この事件は「ネオナチの台頭」として欧米諸国で広く関心を集め、この事件をモデルにした映画『In the Fade』は2018年1月、ハリウッドで選出されるゴールデングローブ賞の外国語映画賞を受賞しました。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story