コラム

「楽園」モルディブの騒乱―中国、インド、サウジの「インド洋三国志」と小国の「産みの苦しみ」

2018年02月16日(金)13時50分

ヤミーン大統領が非常事態を宣言した翌日の2月6日、警戒に立つ警官 REUTERS

インド洋に浮かぶモルディブは世界有数のリゾート地として知られ、日本からも年間約4万人が観光で訪れます。この国で2月5日、政府が非常事態を宣言。最高裁長官などが逮捕・拘束され、野党支持者やメディアへの弾圧が激しさを増しています。

この騒乱の背景としては既に「中国よりの政府とインドよりの野党の対立」という構図が紹介されています。しかし、総面積が東京23区の約半分(298平方キロメートル)で人口わずか40万人に過ぎないこの小国が直面する状況は、より複雑なものです。モルディブは中国、インド、サウジの三大国が勢力を争う「三国時代」のさなかにあるのです

民主化から強権化へ

まずモルディブそのものに目を向けると、今回の騒乱は基本的には「民主化の産みの苦しみ」の一端といえます。非常事態を宣言し、強権化するアブドッラ・ヤーミン大統領は、かつて政府を批判する勢力の頭目として台頭した経歴の持ち主です。

モルディブでは1978年から2008年まで30年間に渡って、マウムーン・ガユーム大統領(当時)が権力を維持。しかし、独裁への批判を受け、2008年の大統領選挙では野党候補のモハメド・ナシード氏がガユーム氏を破り、初めて民主的に選ばれた大統領が誕生したのです。

ところが、大統領選挙で勝利したものの、ナシード氏率いる民主党(MDP)は議会で少数派にとどまりました。その結果、野党が多数を占める議会と大統領の対立が深刻化。2010年12月には、議会の承認を経ないままナシード大統領が大臣を任命したことに最高裁が違憲判決を下し、これをきっかけに抗議デモが各地に広がりました。

強権支配の連鎖

このなかで台頭したのが、ガユーム元大統領率いる進歩党(PPM)に加わったヤーミン氏でした。ヤーミン氏はガユーム元大統領の異母兄弟で、ガユーム政権でも国営企業の要職などを歴任。政府による司法への介入に批判が広がり、警察や軍隊までがこれに呼応するなか、2012年2月にナシード氏が大統領を辞任すると、ヤーミン氏は2013年11月の大統領選挙にPPM代表として立候補して当選したのです。

ところが、そのヤーミン氏が非常事態を宣言したきっかけも、ナシード政権と同様の司法介入にありました

就任後、ヤーミン政権は野党関係者などの取り締まりを強化。ナシード氏は英国に亡命せざるを得なくなったのです。この背景のもと、最高裁は2月1日、獄中の野党政治家9人の釈放と、与党離党後に罷免された議員12人の復職を命令。これが実現すると、議会で与野党が逆転し、ナシード政権期のように「ねじれ」が発生するだけでなく、国外で政府批判を展開してきたナシード氏の帰国にも道筋がつきかねません。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」

ワールド

訂正-米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story