コラム

「貧困をなくすために」宇宙進出を加速させるアフリカ 「技術で社会は変えられる」か

2017年12月31日(日)13時30分

とはいえ、人工衛星の用途は経済活動だけにとどまりません。例えば、アフリカでは医師の不足が深刻であるため、通信を用いた遠隔地医療の可能性は医療に携わるNGOの間で数年前から提案されています。アンゴラ政府はアンゴサット1に通信環境の整備だけでなく、遠隔地医療の普及の効果もあると強調しています。

人工衛星による地表の情報収集が効果は、これ以外にも難民支援食糧生産災害対策などにおいても期待されています。民生用だけでなく、ナイジェリアは人工衛星Sat-Xなどをイスラーム過激派ボコ・ハラムの対策に用いており、2014年には誘拐された273名の人質を宇宙から確認し、その救出につなげています

【参考記事】フランス人観光客誘拐事件にみるイスラーム過激派の拡散

こうしてみたとき、人工衛星は確かに安いものではありませんが、そのコストに見合う成果を得られるのであれば、よりよい生活環境を作るための「投資」といえます。この観点は、「技術で社会を変える」という考え方に基づくといえるでしょう。

低パフォーマンスを生むもの

ところが、アフリカ諸国の宇宙進出における最大の課題は、そのパフォーマンスにあります。そして、アフリカの人工衛星のコストパフォーマンスを引き下げることが最も懸念される要因としては、科学技術よりむしろ社会や政治のあり様があげられます

例えば食糧生産の場合、2017年10月のアフリカ各国の財務大臣が集まる会合に提出された報告書では、市場経済のメカニズムに適応しやすいように小規模農家を商業化する必要が強調されており、そのための必要条件として人工衛星やドローンを含む最先端技術の導入だけでなく、家庭や共同体における女性の役割強化や、土地制度の改革などもあげられています

言い換えると、人工衛星による地表データの収集は食糧増産に寄与するとしても、それ以外の条件が整わなければ、効果は限定的とみられるのです。ところが、これらの地道な社会改革は、派手な宇宙進出と比べて遅れがちです。

【参考記事】アフリカへの投資は実を結ぶか

同様のことは、他の領域に関してもいえます。例えば、先述のようにナイジェリア政府は人工衛星をテロ対策の切り札と位置付けています。ところが、その一方で、2014年12月には「武器・弾薬の不足」を理由にボコ・ハラム掃討作戦への参加を拒絶した54名の兵士に軍事法廷が死刑判決を下しています

つまり、ナイジェリア政府はハイテクの人工衛星を打ち上げるために1基あたり約1300万ドルを投じている一方、ローテクのより基礎的な部分への予算配分は制限してきたのです。このアンバランスな対応がテロ掃討作戦の成果を遠のかせる一因になっていることは疑い得ません。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご

ワールド

中国、EU産ブランデーの反ダンピング調査を再延長
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story