コラム

ウクライナ侵攻が進む中、悪い円安論の盛り上がりに対する違和感

2022年03月23日(水)15時30分

メディアなどが醸成する円安批判の世論が、岸田政権の今後の経済政策運営を左右するリスク...... Franck Robichon / REUTERS

<ウクライナ危機の中で円安が進んでいるためか、「悪い円安」が進んでいるなどとメディアで報じられているが......>

ウクライナ危機によって金融市場にショックが走り、2月後半から世界の株価や金利が日々大きく変動して金融市場は混乱した。3月21日時点で、米欧株市場は、ウクライナ侵攻が始まった時点(2月24日)の水準を超えてリバウンド、ロシア・ウクライナの地域間の紛争が長引いても世界経済全体への影響は限定的との見方が広がりつつある。

ただ、ロシア関連資産損失への懸念がくすぶり、米国の銀行間貸出金利が高止まるなど、限定的ながらも資金の目詰まりがみられ、また米欧社債市場における信用スプレッドも広がっている。ロシア・ウクライナの紛争が世界経済の成長を阻害するという負の影響が、最近の株式市場ではやや楽観視されている可能性がある。

また、FRB(連邦準備理事会)は、3月16日のFOMC(連邦公開市場委員会)において、2018年以来の利上げ政策を開始、22年末まで政策金利を2%前後まで政策金利を大幅に引き上げるメンバーの意向が示された。更に50bpsの利上げを行うタカ派メンバーの主張にパウエル議長の見解が傾いていることが、3月21日の議長のスピーチで判明した。FRBの大幅な利上げが米経済に及ぼす影響については別の機会に述べたいが、ウクライナ情勢がもたらす影響への見方を含めて、金融市場においては様々な思惑が交錯している。

「悪い円安」との見方は一面的だ

こうした中で、2022年初には1ドル115円付近で膠着していたドル円は、2月にウクライナ情勢で金融市場が混乱する中でレンジ相場が続いていたが、3月22日には120円台まで一気に円安ドル高が進んだ。昨年から、通貨円が歴史的水準に下がっているとの報道が増え、また危機の中で円安が進んでいるためか、「悪い円安」が進んでいるなどとメディアで報じられている。

ただ、過去を振り返れば、2000年代以降、日本においては経済混乱期(リーマンショック、東日本大震災など)には、金融市場で円高が進みデフレ圧力が高まった。「リスクオフ=円高」という為替市場の反応が、コロナがもたらした混乱が起きた2020年から少なくなっており、日本経済にとっては望ましいと筆者は認識している。まずこの意味で、「悪い円安」との見方は一面的だろう。

金融市場での、リスクオフ=円高という、かつてみられた為替市場の反応の原因は、以下のような日米の政策対応の差がもたらしたと筆者はみている。経済停滞や危機時になればFRBが金融緩和を行うなど経済を下支えする対応が行われるので米ドルは安定。一方、2012年までの日本銀行の金融緩和など経済対策が徹底されずにデフレと経済停滞を招き、デフレと円高の悪循環を招くので、円高予想が強まる。

また、経済の危機時に円高になるのは「本邦の海外資産の売却が進むため」とされたが、この因果関係が実は強くないことが、2020年のコロナ禍、22年のウクライナ危機で明らかになったと言えるのではないか。為替市場の動きをもたらす確かな要因は、日本と米国の金融財政政策に求められるだろう。

FRBは、インフレ鎮静化を最重視する姿勢を強めたが

2013年に日本銀行の緩和策が徹底されてから、FRBと同等あるいはより強力な金融緩和が日本で行われるように政策姿勢が一変、これ以降、大幅な円高に直面する時期は短くなった。2020年のコロナ禍後も、日銀の金融緩和姿勢が徹底しており、安倍政権までは米国同様に財政政策を打ち出したので、日本でデフレ期待が強まらず、2010年代初頭までに起きていた円高が防止されていたと言える。

今回のウクライナ危機によって、世界的な株安で金融市場は混乱した中で、利上げを開始したFRBは、インフレ鎮静化を最重視する姿勢を強めた。対照的に、インフレ率が高まっていない中で日本銀行が金融緩和を継続するのだから、ドル高円安になりやすい。こうした中で起こるドル高円安は、為替レートが日米双方の経済活動の調整弁としての役割を果たすのだから、日米双方にとって望ましいだろう。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story