コラム

緊縮策という病から解き放たれつつある米国経済

2021年06月03日(木)14時45分

拡張的な財政政策を行う姿勢が強まっているバイデン政権 REUTERS/Carlos Barria

<アメリカが緊縮的な経済政策を基本に据える政策思想から開放される、歴史的な転換点を迎えつつある>

米国の株式市場は、セルインメイ(SELL IN MAY)が警戒された5月も最高値近辺を維持して推移した。インフレ率上昇やビットコインの急落などで市場心理が揺らぐ場面はあったが、ワクチン接種とともに経済成長率が上振れるとの根強い期待が、一部のバリュエーション指標で見れば割高の領域とも言える米国株市場を支え続けているとみられる。

政治的には、バイデン政権が、4月までに急ピッチのワクチン接種を実現させたことで、新型コロナの患者数は順調に低下した。それが経済活動再開の動きを後押しして、世の中の雰囲気を明るくしたことが大きく、米国民の政権に対する評価は総じて悪くない。4月にいわゆるハネムーン期間を過ぎたが、「コロナからの回復」という成果のおかげで、バイデン政権の政治基盤は強まった可能性がある。

第2、3弾の財政プランの意味

4月21日の当コラムでは、バイデン政権による第2弾の財政プランの米国雇用計画を説明したが、ここで述べたように更に第3弾となる米国家族計画をバイデン大統領は相次いで発表した。今後、これらの財政プランが議会で議論されるが、秋口までにはこれらの政策が多少修正された上で、民主党議員の賛成多数によって成立すると筆者は予想している。

第2、3弾の財政プランは、今後10年を見据えた長期に及ぶ所得分配政策が軸になっており、来年までの経済成長率に大きな影響を及ぼす可能性は低い。つまり、第1弾の財政プランである3月に成立した米国救済計画が、経済成長率を押し上げる政策であるのとは、大きく性格が異なる。

ただ、米国雇用計画などには増税がメニューに入っているので、仮に増税が短期間に実現して緊縮財政に転じれば、経済成長や株式市場に影響するリスクがある。実際には、米国雇用計画では、増税による財源確保が計画されている一方で、非常に長期間にわたって増税が実現されるスケジュールが示されている。この意味で、所得分配を実現しつつも、経済成長を重視しながら財政政策を積極的に使うという、バイデン政権の方針は一貫しているとみられる。

10月から始まる22会計年度の予算教書の意味

そして5月28日には、2021年10月から始まる22会計年度の予算教書をバイデン政権は発表した。これまで発表している米国雇用計画などを踏まえて、2022年度には6兆ドルの歳出計画が示されており、この歳出規模はコロナ禍前の2019年度よりも3割以上増えた水準である。

そして、10年後までの大まかな財政見通しについても、歳出拡大が優先される一方で緩やかな増税が想定され、財政赤字は2030年度まで約1.5兆ドル(GDP対比約7%)で推移する想定が示された。財政赤字がGDP対比約20%近くまで膨らんでいる現時点からは、経済成長による税収増を主因に財政赤字は大きく減る。

ただ、2023年度以降も財政赤字を緩やかに拡大させる政策運営で、今後10年にわたり大幅な財政赤字が続くことをバイデン政権の予算教書は明確に示している。多くの場合、政府による長期の財政収支見通しでは、財政赤字は緩やかに縮小するとされるが、バイデン政権の財政政策は従来の姿勢からかなり距離があると言える。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:変わる消費、百貨店が適応模索 インバウン

ビジネス

世界株式指標、来年半ばまでに約5%上昇へ=シティグ

ビジネス

良品計画、25年8月期の営業益予想を700億円へ上

ビジネス

再送-SBI新生銀行、東京証券取引所への再上場を申
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 10
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story