26歳の僕を圧倒した初ジブリ体験、『風の谷のナウシカ』に見た映画の真骨頂
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<観終わってしばらくは席から立てなかった──「火の七日間」はどんな戦争だったのか。腐海や王蟲、巨神兵は何のメタファーか。安易な答えは呈示されない。だから想像する。思考する>
そのとき僕は26歳。交際していた彼女と映画を観ることにした。でも、この時期の僕は定収入がない。つまりフリーター(当時はそんな言葉はなかったけれど)。彼女も同じようなもの。極貧だからロードショーはほぼ観ない。当然のように名画座だ。
何を観るかは決めていた。『スプラッシュ』だ。泳げない青年アレンと人魚のラブロマンス。監督はハリウッドの職人ロン・ハワードだ。人魚を演じるのはダリル・ハンナで、アレンはトム・ハンクス。ただしこの時期、ハワードもハンクスもまだ無名に近かったはずだ。なぜ観ようと思ったのか。スマートフォンはもちろんネットもないこの時代、映画や演劇の情報は毎月買っていた情報誌「ぴあ」か「シティロード」で仕入れていたから、映画評を読んで決めたのだろう。ちなみに2018年に日本公開されたギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』は、明らかに『スプラッシュ』へのオマージュだ。
この時期の名画座の相場は500円か600円で2本立てか3本立て。目当ての『スプラッシュ』の併映は日本のアニメ作品だった。映画館でアニメ? 子供時代に観ていた「東映まんがまつり」以来だ。つまらなければ途中で出よう。僕はそう考えていたし、彼女も同じだったと思う。
先に観た『スプラッシュ』はまあまあだった。それなりに楽しめた。逆に言えばその程度。10分ほどの休憩を挟んでアニメが始まった。
終わったとき、僕も彼女もしばらくは席から立てなかった。すごい作品を観た。その思いは彼女も同じだったようだ。映画館を出た後に何をしたかは覚えていないが、2人とも言葉が少なかったことは確かだ。
僕にとって『風の谷のナウシカ』は初ジブリだ(厳密に言えばスタジオジブリの設立は本作公開後)。「火の七日間」と呼ばれる最終戦争はどのような戦争だったのか。他国への侵略を繰り返す軍事大国トルメキアは何を風刺しているのか。腐海や王蟲(オーム)、巨神兵は何のメタファーなのか。そうしたインセンティブの量が半端じゃない。観ながら考える。悩む。安易な答えは呈示されない。だから想像する。思考する。その状態は観終えても続く。まさしく映画だ。