ラグビーW杯

ラグビーが統合する南北アイルランド

2019年9月26日(木)15時40分
ウィリアム・アンダーヒル(在英ジャーナリスト)

欧州6カ国対抗戦のスコットランド戦の前に「アイルランズ・コール」を歌う(2019年2月、エディンバラ) LEE SMITH-REUTERS

<南と北で属する国家は違っても「2つのアイルランド」が1つの代表に声援を送る理由>

ラグビー世界ランク1位の強豪アイルランド代表が9月22日、日本で開催中のワールドカップ(W杯)に登場した。試合前に流れる歌は、アイルランド共和国の国歌でもイギリス領北アイルランドの歌でもない。

選手たちを鼓舞するのは、この種の国際イベント用に特別に作られた「アイルランズ・コール」。歌詞にはアイルランド分断の歴史は一切出てこない。少なくともラグビーの国際試合では、「2つのアイルランド」が1つの代表チームに一致して声援を送る。

アイルランドでは何世紀もの間、激しい宗教的・政治的紛争が繰り返されてきた。1922年にカトリック教徒主体の南部が自治領「アイルランド自由国」として成立してからほぼ100年。イギリス統治下に残ったプロテスタント主体の北部との間には、今も敵対感情がある。

スポーツも例外ではない。サッカーでは全アイルランドの代表チーム結成は望み薄だ。しかし、ラグビーでは「アイルランズ・コール」の歌詞にあるとおり、選手たちが文字どおり「肩と肩を並べて」試合に臨む。

ラグビーという競技の歴史を考えると、この分断を超えた善意の発露はさらに感慨深い。ラグビーが独自の競技として発展し始めたのは19世紀半ばのイングランド。イギリスの支配階級を教育するエリート向けの寄宿学校と切っても切れない関係にあった。そしてアイルランドでは、彼らは植民地支配の象徴として怒りと恨みの対象だった。

独立闘争を展開した民族主義者はラグビーに「よそ者のスポーツ」のレッテルを貼り、代わりにゲーリックフットボールやハーリング(アイルランド式ホッケー)といったアイルランド独自の球技を推奨した。しかし、ラグビーの魅力はあらがい難いものだった。急成長する中流層はすぐラグビーに飛び付き、間もなくアイルランドラグビー協会(IRFU)が発足した。

テロで負傷した選手も

選手たちにとっては、アイルランドは常に1つであり続けた。1921年に終わった激しい内戦の結果、南部の分離独立が決まったが、IRFUは新しい国境を無視することにした。ラグビーは南北両方の私立学校でプレーされていたし、ブルジョア階級の多くにとって学生時代の古い絆は地図上の新しい境界線よりも重要だった。

「(IRFUの)メンバーの社会階層と政治的立場のせいもあって、全アイルランドを統括する制度が維持された」と、アルスター大学ベルファスト校スポーツ学部のケイティ・リストンは言う。

今、あなたにオススメ

注目のキーワード

注目のキーワード
トランプ
投資

本誌紹介

特集:大森元貴「言葉の力」

本誌 最新号

特集:大森元貴「言葉の力」

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

2025年7月15日号  7/ 8発売

MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中

人気ランキング

  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
もっと見る
ABJ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。