コラム

新参の都市住民が暮らす中国「城中村」というスラム

2023年11月06日(月)16時55分

城中村のアパートの住み心地がどんなものかは、室内を見ていないので、よくわからない。少なくとも崗厦村はとても便利なところであることは間違いない。深圳市のど真ん中に位置し、村を出ると目の前に地下鉄の駅の出口がある。アパートの1階には中国各地の料理が味わえるレストランや理髪店などが軒を連ねている。携帯電話の位置情報を利用した分析によると、城中村の住人たちはおおむね近隣の職場へ通っていて、通勤時間は一般の人々に比べて有意に短かかったという(仝・高・龔、2020)。ただ、火災に遭う危険や部屋の狭さなどを考えるとやはり城中村は終の棲家ではないだろう。ここの住人たちはもし収入が許すのであれば、もっと広く、もっと安全な部屋に引っ越したいという強烈な願望を持っているに違いない。

深圳市だけでそんな人が1200万人もいるというのである。前回「住宅高度化」に触れたが、城中村の住人たちは住宅を高度化したいという強い希望を持っていると思う。そうした希望がより条件のいい住宅の購入ないし賃貸として実現していくとしたら、中国の不動産業にはまだまだ前途があるはずである。

出稼ぎ労働者が集住する北京郊外の村

深圳市以外の都市にも城中村があるのだろうか? 広州市にも非常に多くの城中村があることが知られている。飛行機で広州の白雲空港に降りていくときに窓から見下ろすと、やはり7、8階建のアパートが密集した「村」がいくつも見える。また、2023年8月に私が中山大学の近くに泊ったときに城中村だと教えられていったところは、建物は2階建てが大半で、やはり密集して建てられているが、その多くの1階に若い女性向けアパレルの店舗が入っていた。ここは住宅が主ではなく、アパレルの卸売市場が主な機能となっている。

一方、北京市にも出稼ぎ労働者が集住する村が存在するが、市の中心部から遠く離れた場所にあり、その存在も余り知られていない。私が2018年に北京から天津へ向かうバスから外を眺めていてたまたま見つけた村(下の写真)は地下鉄の終点駅から歩いて20分離れた郊外にあった。

marukawa20231105115204.jpg
多くの出稼ぎ労働者が暮らす北京市郊外の村(筆者撮影・2018年8月)

2階建ての簡易宿泊所が1キロ四方ぐらいの場所に集まり、中国各地の料理を出す店があるので、全国からの出稼ぎ労働者がいるのだろう。ワンルームの居室が多数入った簡易宿泊所ばかりで、家賃は月500~680元と崗厦村の半額ぐらいである。ただ、訪れた時期が5年離れているので単純な比較はできない。住居条件は一見して崗厦村よりだいぶ悪い。村全体が埃っぽいうえに下水道は整備されていないようで、「大小便を捨てるな」という張り紙をしばしば見かけた。

(注1)深圳市郊外では、城中村の土地が工業などの事業用地として使われていることも多い。城中村の総面積(320平方キロメートル)とそのうちの住宅用地(100平方キロメートル)の差は事業用地である。

(注2)これらの数字は主に楊・胡・劉(2020)と深圳市規画国土発展研究中心(2018)に基づく。ただし、後者はアパートの数は46万棟だとする。

(注3)以上は崗厦村の掲示板に貼られている借り手募集のチラシから読み取った情報である。

中国学.comより転載

参考文献

深圳市規画国土発展研究中心「深圳市城中村(旧村)総体規画(2018-2025)」2018年

仝徳・高静・龔咏喜「城中村対深圳市職住空間融合的影響――基于手機信令数拠的研究」『北京大学学報(自然科学版)』第56巻第6期、2020年

許魯光「崗厦農村股份制発展情況調査」『特区経済』1993年第4期

楊鎮源・胡平・劉真鑫「村城共生:深圳城中村改造研究」『住区』2020年第3期

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、GDPワラント債再編手続き完了 デフォ

ワールド

プーチン大統領、北朝鮮の金総書記に新年のメッセージ

ワールド

焦点:ロシア防衛企業の苦悩、経営者が赤の広場で焼身

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story