コラム

中国「ガリウムとゲルマニウム」輸出規制の影響は?

2023年07月12日(水)15時31分

但し、中国当局が常に理性的に判断できるかどうかは必ずしも自明ではない。もし今回の中国側の措置に対してアメリカなどが報復した場合、中国側がさらなる輸出規制を繰り出して泥仕合に陥っていく危険性もある。日本などガリウムの輸入国は、まずは中国当局がどの程度の匙加減でガリウムとゲルマニウムの輸出規制を行うのか、それによって自国産業がどの程度の影響を受けているのかを見極めたうえで対応策をとるべきである。そして、そのた対応策とは報復ではなく、WTOへの提訴である。

今回中国が国家安全保障を理由に金属原料の輸出規制にまで踏み込んだことは大変由々しきことである。安全保障貿易の対象を原料にまで広げてしまうと際限がなくなる恐れがあるからだ。軍隊は何も特殊な物ばかり使うわけではない。ほとんどの兵器には鉄鋼やアルミが使われ、兵隊たちは米や小麦を食べ、綿で作られた軍服を着用し、軍用車両はガソリンや軽油で動く。軍用品の原料まで規制すると言い出したら、鉄鉱石、ボーキサイト、米、小麦、綿花、石油などみな対象となってしまう。もちろんそんな一般的な物の輸出を規制したからといって、潜在的敵対国は他からいくらでも入手できるのでその脅威はいささかも減ることがない。むしろ輸出規制は相手国の報復を招き、対立激化のスパイラルに入り、脅威はさらに増すであろう。

このたびの中国による輸出規制導入がそうした悪循環の起点にならないことを祈るばかりである。

参考文献
U.S. Geological Survey, Mineral Commodities Summary, January 2023.
日清紡マイクロデバイス「あらゆるものをワイヤレスでつなぐ」日清紡マイクロデバイス株式会社ホームページ、2023年
丸川知雄「危機の元凶は中国か? マグロ、レアアース、サンマの資源危機」東大社研 玄田有史・飯田高編『危機対応の社会科学 上 想定外を超えて』東京大学出版会、2019年

注1 中国に依存しない重要鉱物の供給体制を構築することを目指してアメリカ主導で2022年6月に立ち上がった枠組。アメリカ、日本、イギリス、オーストラリア、韓国など12カ国がメンバー。
注2 日本内外のメディアでは、2010年9月以降、中国から日本に対するレアアースの輸出が長く停止されたのは、9月に尖閣沖で起きた中国漁船と日本の海上保安庁の監視船の衝突事件によって船長が日本側に拘束されたことに対する制裁だ、ということが定説となっている。しかし、衝突事件が起きる2か月以上前の2010年7月に中国政府は同年の輸出枠を3万トンとするとアナウンスしており、9月末時点でその枠に達したから輸出を停止したというのが真相だと思う。たしかに船長の拘留が延長された時にレアアースを含む様々な製品の対日輸出手続きが止まったが、それらは船長が釈放されて帰国するとともに解除された。しかし、レアアースの輸出は船長が帰国してからもさらに2か月以上止まったままだった。9月末時点で年初からのレアアース輸出量は3万2156トンに到達しており、船長釈放後も輸出停止が続いたのは要するに輸出枠を履行したからだと解釈するのが自然である。詳しくは丸川(2019)を参照されたい。
注3 財務省の貿易統計ではガリウムの輸入統計は単独で示されていないが、統計番号8129.99.990はガリウムがほとんどを占めていると思われる。


ニューズウィーク日本版 トランプのイラン攻撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月10号(3月3日発売)は「トランプのイラン攻撃」特集。核・ミサイル開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。アメリカとイランの全面戦争は始まるのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

情報BOX:米・イスラエルのイラン攻撃後の中東にお

ワールド

米ウクライナ、3者協議延期・開催地変更を検討=ゼレ

ビジネス

イラン紛争、長期化ならインフレ押し上げと独連銀総裁

ワールド

イランから武器供給の要請ない=ロシア大統領府
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 6
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 9
    「え、履いてない?」モルディブ行きの飛行機で撮影…
  • 10
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 7
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 8
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 9
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 10
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story