中国「ガリウムとゲルマニウム」輸出規制の影響は?
但し、中国当局が常に理性的に判断できるかどうかは必ずしも自明ではない。もし今回の中国側の措置に対してアメリカなどが報復した場合、中国側がさらなる輸出規制を繰り出して泥仕合に陥っていく危険性もある。日本などガリウムの輸入国は、まずは中国当局がどの程度の匙加減でガリウムとゲルマニウムの輸出規制を行うのか、それによって自国産業がどの程度の影響を受けているのかを見極めたうえで対応策をとるべきである。そして、そのた対応策とは報復ではなく、WTOへの提訴である。
今回中国が国家安全保障を理由に金属原料の輸出規制にまで踏み込んだことは大変由々しきことである。安全保障貿易の対象を原料にまで広げてしまうと際限がなくなる恐れがあるからだ。軍隊は何も特殊な物ばかり使うわけではない。ほとんどの兵器には鉄鋼やアルミが使われ、兵隊たちは米や小麦を食べ、綿で作られた軍服を着用し、軍用車両はガソリンや軽油で動く。軍用品の原料まで規制すると言い出したら、鉄鉱石、ボーキサイト、米、小麦、綿花、石油などみな対象となってしまう。もちろんそんな一般的な物の輸出を規制したからといって、潜在的敵対国は他からいくらでも入手できるのでその脅威はいささかも減ることがない。むしろ輸出規制は相手国の報復を招き、対立激化のスパイラルに入り、脅威はさらに増すであろう。
このたびの中国による輸出規制導入がそうした悪循環の起点にならないことを祈るばかりである。
参考文献
U.S. Geological Survey, Mineral Commodities Summary, January 2023.
日清紡マイクロデバイス「あらゆるものをワイヤレスでつなぐ」日清紡マイクロデバイス株式会社ホームページ、2023年
丸川知雄「危機の元凶は中国か? マグロ、レアアース、サンマの資源危機」東大社研 玄田有史・飯田高編『危機対応の社会科学 上 想定外を超えて』東京大学出版会、2019年
注1 中国に依存しない重要鉱物の供給体制を構築することを目指してアメリカ主導で2022年6月に立ち上がった枠組。アメリカ、日本、イギリス、オーストラリア、韓国など12カ国がメンバー。
注2 日本内外のメディアでは、2010年9月以降、中国から日本に対するレアアースの輸出が長く停止されたのは、9月に尖閣沖で起きた中国漁船と日本の海上保安庁の監視船の衝突事件によって船長が日本側に拘束されたことに対する制裁だ、ということが定説となっている。しかし、衝突事件が起きる2か月以上前の2010年7月に中国政府は同年の輸出枠を3万トンとするとアナウンスしており、9月末時点でその枠に達したから輸出を停止したというのが真相だと思う。たしかに船長の拘留が延長された時にレアアースを含む様々な製品の対日輸出手続きが止まったが、それらは船長が釈放されて帰国するとともに解除された。しかし、レアアースの輸出は船長が帰国してからもさらに2か月以上止まったままだった。9月末時点で年初からのレアアース輸出量は3万2156トンに到達しており、船長釈放後も輸出停止が続いたのは要するに輸出枠を履行したからだと解釈するのが自然である。詳しくは丸川(2019)を参照されたい。
注3 財務省の貿易統計ではガリウムの輸入統計は単独で示されていないが、統計番号8129.99.990はガリウムがほとんどを占めていると思われる。
EVと太陽電池に「過剰生産能力」はあるのか? 2024.05.29
情報機関が異例の口出し、閉塞感つのる中国経済 2024.02.13
スタバを迎え撃つ中華系カフェチェーンの挑戦 2024.01.30
出稼ぎ労働者に寄り添う深圳と重慶、冷酷な北京 2023.12.07
新参の都市住民が暮らす中国「城中村」というスラム 2023.11.06
不動産バブル崩壊で中国経済は「日本化」するか 2023.10.26
「レアメタル」は希少という誤解 2023.07.25