コラム

新疆における「強制不妊手術」疑惑の真相

2021年06月24日(木)18時35分

2007年からは、ホータン、カシュガル、クズルスの3地区では年600元に加えて、光栄証を貰った時に一時金として3000元が与えられることになった。2011年から年金の額は1200元に上乗せされ、一時金を与える優遇策の実施範囲も3地区から新疆内の農村の少数民族人口が5割を超える地域に広められた(王、2013)。2020年時点では、一時金の額が6000元、2年目からの年金は一家庭に対して年3600元とさらに増額されている。

この経済インセンティブこそが新疆で不妊手術が多かった主たる理由であろう。このインセンティブが「農村の少数民族夫妻」に対してのみ与えられていたので、少数民族集住地域で不妊手術が多いのである。もしこのインセンティブが不妊手術を受ける主な理由だとすると、2016年以前についても手術の大多数が農村の少数民族に対して行われていたことになる。2016年までは広い地域で不妊手術が行われていたのが、2017年にホータン以外ではごく少数になったのも、その年からホータン以外ではインセンティブがなくなったからだと考えれば納得がいく。

国は3人子政策に転換

以上の話は、もちろん強制不妊手術がないことを証明するものではない。ただ、少なくとも「強制」以外の合理的な理由によって不妊手術の多さを説明することが可能であることは示した。また、「人々を年金によって誘導して不妊手術をさせる」という政策が倫理的にどうなのかという問題はまた別個に存在する。

さて、2020年の人口センサスによって中国の少子高齢化の趨勢がますます明らかとなり、5月には「子供は3人まで」とする新たな方針が決まった。ここまで来るといったいなぜ自由にしないのか謎であるが、これまでの一人っ子政策によって多くの国民に犠牲を強いてきた手前、「出産制限は間違っていました」といって簡単に引っ込められないのだろう。

国全体で子供を3人まで持つことが可能になったいま、新疆の農村で子供を3人持つことをあきらめた夫婦に光栄証を与える政策も廃止されるべきだろう。もし廃止しなければ少数民族を不当に虐げていることになる。

<参考文献>
買買提明・熱介甫、艾力・司馬義「建国以来和田地区人口増長情況及原因分析」『経済研究導刊』2015年第9期
王朋崗「西部民族地区貧困的人口学因素分析――以新疆南疆三地州為例」『前沿』2013年第1期
王茹「奨扶制度対南疆三地州領証率影響分析」『科協論壇』2009年第9期下

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:「氷雪経済」の成功例追え、中国がサービス投資

ワールド

焦点:米中間選挙へ、民主党がキリスト教保守層にもア

ワールド

トランプ米大統領、代替関税率を10%から15%に引

ワールド

中国、米国産大豆追加購入の可能性低下も 関税違憲判
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 2
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官が掲げる「新しいスパイの戦い方」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 5
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 10
    揺れるシベリア...戦費の穴埋めは国民に? ロシア中…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 4
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story