コラム

迫りくるもう一つの米中逆転

2021年05月05日(水)20時43分

寿命格差の問題は中国にもある。中国の場合、地域間で平均寿命に大きな格差があり、2000年時点では、最も長い上海市が78.1歳だったのに対して、最も短いチベット自治区は64.4歳で(図2)、13.7年もの差があった。中国では内陸部の所得水準の低い地域で平均寿命が短い傾向がみられるので、国全体の平均寿命を引き上げるには内陸部で所得向上と医療提供体制の整備を図ることが効果的であろう。図2では2000年と2010年の各省の平均寿命を比べているが、2010年には最長の上海市と最短のチベットの寿命の差は12.1年へ縮まった。それでも格差縮小への課題はなお大きい。

CHARTMARU2.png

私は米中競争のほとんどの側面はゼロサム・ゲームではないと思っているが、平均寿命をめぐる競争がゼロサム・ゲームではないことは明らかである。つまり、中国の平均寿命が延びたからといってアメリカの平均寿命が縮むわけではない。もしアメリカが平均寿命で中国に追い抜かれたくないのであれば、アメリカにできることはただ一つ、自国民がより長生きできるような政策をとることである。平和的な手段によってライバル国の平均寿命を縮めることはできない。

経済や科学技術に関しては、中国との貿易や中国への技術移転を妨害すれば中国の台頭を食い止められるとの幻想にアメリカはとらわれてきた。だが、トランプ政権発足前年の2016年にアメリカの60%だった中国のGDPが2020年には70%に上昇したことが端的に示すように、中国ほどの大国の成長を食い止めることなど無理なのである。中国に負けないようにするには、自国の経済と科学技術の成長に注力するしかない。

今年3月の中国の全国人民代表大会で決まった第14次5カ年計画には「自分のことをしっかりとやれ」というフレーズがある。文脈からすると、この言葉は自国内に向けて各々の課題に取り組むことを求めていると読めるが、暗にアメリカへのメッセージも込められていたのかもしれない。

Andrasfay, Theresa, and Noreen Goldman. "Reductions in 2020 US Life Expectancy due to COVID-19 and the Disproportionate Impact on the Black and Latino Populations" PNAS, Vol.118, No.5, 2021.
Sohn, Rebecca. "U.S. Life Expectancy Fell by a Year in the First Half of 2020, CDC Report Finds" STAT+, February 18, 2021.
Wamsley, Laurel. "American Life Expectancy Dropped by a Full Year in 1st Half of 2020" NPR, February 18, 2021.


プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノバルティスとロシュ、トランプ政権の薬価引き下げに

ビジネス

中国の鉄鋼輸出許可制、貿易摩擦を抑制へ=政府系業界

ワールド

アングル:米援助削減で揺らぐ命綱、ケニアの子どもの

ワールド

訂正-中国、簡素化した新たなレアアース輸出許可を付
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story