コラム

迫りくるもう一つの米中逆転

2021年05月05日(水)20時43分
コロナ禍のニューヨークで、移民労働者やエッセンシャルワーカーの死と絶望に抗議する男性

コロナ禍のニューヨークで、移民労働者やエッセンシャルワーカーの死と絶望に抗議する男性(2020年5月) Mike Segar-REUTERS

<アメリカの平均寿命が中国に追い抜かれそうだ。「中国の脅威」を言い立てる前にアメリカはこの不名誉な逆転の現実に向き合うべきだ>

中国のGDPがアメリカを抜いて世界一になるのは、2028年(野村ホールディングス、CEBR)だとか、2029年(Oxford Economics)だとか言われているが、いずれにせよそう遠くない将来のことである。私自身は、米中逆転の年は2030年だと予想しているが、他の予測に比べて遅めなのは人民元と米ドルの為替レートが現在の水準(1ドル=6.5元)のままと仮定しているからである。今後の趨勢としては元高になっていく気もするが、私には将来の為替レートを予測する技術がないため、現行通りだとして予測した。

中国の台頭に対して、アメリカのバイデン大統領は今年3月の記者会見で次のように言明した。

「中国は、世界を主導し、世界で最も豊かで、最も力のある国になることを目標としている。だが私はそんなことを許さない。アメリカも成長し続けるからだ。」

バイデン政権の任期は最長で2028年までであるが、それまでの間に中国が世界の覇権国となり、軍事力でアメリカを凌駕する可能性は非常に低い、と私は思う。となれば、バイデン大統領が「許さない」と言っているのは、中国が「世界で最も豊かな国」になること、つまりGDPで世界一になることなのであろうか。

もしそうだとすると、これはかなりまがまがしい発言である。アメリカはトランプ大統領時代に中国製品や中国企業を差別する追加関税など中国の経済成長を妨害するさまざまな策を繰り出してきた。それらは結局何の効果ももたらしていないが、これらに加えて中国の成長を止められそうな策というと、もはや非平和的手段しか残されていないように思われる。バイデン発言で唯一の救いは、アメリカ自身の成長によって中国に対抗する、と最後に言っていることだ。

平均寿命を縮めた絶望死

ところで、GDP以外にもう一つの米中逆転が目前に迫っている。もしかしたらすでに逆転しているかもしれない。それは平均寿命における米中逆転である。

図1は日本、アメリカ、中国の政府(厚生労働省、CDC、国家衛生健康委員会)が発表した平均寿命の推移である。

CHARTMARU1.png

中国は1998年には71.1歳だったのが2018年には77.0歳と、毎年0.3年のペースで着実に平均寿命を延ばしてきている。日本も同じ期間に80.5歳から84.2歳へ、毎年0.2年弱のペースで平均寿命を延ばしている。

一方、アメリカは2014年に78.9歳になって以降、平均寿命が延びなくなり、2019年は78.8歳と、わずかに縮まった。これは「絶望死(deaths of despair)」の広がりのせいだと言われている。すなわち、低学歴の労働者階層が失業や生活苦にさいなまれた結果、オピオイドなどの薬物乱用やアルコール依存に陥ったり、適切な医療を受けられなかったり、自殺したりして40~50歳代で早死する傾向が強まっている。そうした現象が、アメリカ全体の平均寿命の足を引っ張っているのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story