コラム

新疆の綿花畑では本当に「強制労働」が行われているのか?

2021年04月12日(月)11時45分
新疆ウイグル自治区で綿花を摘む労働者

新疆ウイグル自治区で綿花を摘む労働者(ハミ市郊外、2010年11月3日) REUTERS

<H&Mなどの大企業が「新疆綿」の取り扱い中止を発表したことで、ウイグル族に対する人権抑圧の新たなシンボルとして綿花畑での「強制労働」が浮上したが、今のところ確固たる根拠はない>

バイデン氏が大統領に就任して以来、アメリカの中国に対する圧力がエスカレートしている。バイデン政権は4月6日には北京冬季オリンピックのボイコットまで示唆した。その理由となっているのが中国新疆自治区でのウイグル族に対する人権侵害である。

ウイグル族の人々がのべ100万人も「再教育」と称して施設に長期間入れられたという話はしばらく前から欧米メディアによって伝えられてきたが、最近になってにわかに報じられ始めたのが、「新疆の綿花畑でウイグル族の人々が強制労働に従事させられている」という説である。

私は「のべ100万人の再教育」については、中国側でそれを認めるような報道もあったことだし、アメリカの女性記者による潜入ルポを見たこともあり、信憑性がある話だと思う。一方、「綿花畑でウイグル族が強制労働させられている」という説については、私の新疆に対する認識とのギャップが大きく、にわかには信じられなかった。

といっても、私は新疆には1997年と2003年にそれぞれ1週間弱の調査で行ったことがあるのみで、新疆や綿花農業の専門家でも何でもなく、「強制労働」の情報に対しても「なんかモヤモヤする」と思うだけであった。ただ、そうした思いを先日フェイスブックで吐露したところ、何人かの友人たちがネット上のいろいろな情報を教えてくれた。おかげで新疆の綿花農業で何が起きているのかがある程度つかめてきたので、あえて蛮勇をふるって本稿を書く次第である。

新疆ウイグル自治区とは

さて、新疆ウイグル自治区は日本の4倍以上にあたる166万平方キロメートルという広大な地域であるが、天山山脈を境として、それより北の地域(ウルムチやジュンガル盆地)を北疆、それより南の地域(タクラマカン砂漠、タリム盆地、カシュガルなど)を南疆と呼ぶ。

ウイグル族が多く住むのは南疆で、オアシス農業や牧畜などを営んでいる。一方、北疆はもともとカザフ族の遊牧民の遊牧地だったが、中華人民共和国政府が1950年代に遊牧民を定住化させたのち、そこに「生産建設兵団」と呼ばれる、国境地域の警備と開墾とを行う準軍事組織が数多く入植した。

生産建設兵団は、日本の明治時代に北海道の警備と開墾を行った屯田兵と性格が似ている。屯田兵は明治の終わりに廃止されたが、生産建設兵団はいまも存在し、行政機能を持つとともに、農業や工業の経営も一体化した組織となっており、石河子市など10の市、56の鎮は同時に兵団の部隊であると同時に地方政府でもあるという二枚看板になっている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正北朝鮮が短距離弾道ミサイル発射、5月以来 韓国

ビジネス

米IPO市場、政府閉鎖の最中も堅調=ナスダックCE

ビジネス

午前の日経平均は反落、AI関連弱い 政治イベント後

ワールド

ネクスペリア巡る中蘭対立、自動車生産に混乱きたす恐
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story