コラム

模倣(パクリ)は創造の始まり――マイセン磁器の歴史

2016年07月07日(木)19時30分

マイセンの工房 Tobias Schwarz-REUTERS

<中国産磁器の模倣から出発したドイツの名窯マイセンが、高級品となり高いブランド価値を維持できている理由>

 前回のこのコラムで日本の某テレビ局から「パクリ大国中国」についての取材依頼のメールが届いた話を書きました。メールの文面から、どうやら番組の制作者は視聴者に中国はパクリばっかりしている国だとの印象を植え付けて蔑視しようという意図があると思われたので取材は断りました。メールをよこした人はどうやら模倣(パクリ)は悪いことだと決めてかかっており、模倣ばっかりしている連中にはろくなことがない、という認識があるようなのですが、その点からして私は別の考えを持っているので、およそ先方の期待するようなコメントはできないと思ったのです。

 実は、この番組制作者と同様の認識は国際機関のエコノミストたちも持っていて、途上国に対して「知的財産権の制度をしっかり整備し、偽物づくりを取り締まらないと貴国は発展できませんよ」とアドバイスしています。しかし、果たしてそうなのでしょうか。私はむしろ模倣は創造の始まりであり、しっかりと模倣できる人だけが真の創造をなしうるのだと考えております。

 先だってドイツのマイセンを訪れてマイセン磁器の歴史について学びましたが、そこでも模倣は創造の始まりだとの思いを新たにしました。

錬金術に挫折して

 マイセン磁器の歴史は18世紀初頭に始まります。当時、ヨーロッパの王侯貴族の間ではオランダ東インド会社が運んでくる中国の磁器や日本の古伊万里などが大人気で、高価で取引されていました。ザクセン選帝侯のアウグスト強王(フリードリヒ・アウグスト1世、ポーランド王アウグスト2世)もご多聞にもれず東洋の磁器をこよなく愛し、「日本宮」と称する自分の磁器コレクションを展示するための館まで建ててしまうほどでした。しかしポーランド王になるための贈賄工作やスウェーデンとの戦争、そして磁器収集をはじめとするさまざまな贅沢のためにザクセンの国庫が傾きます。

 アウグスト強王は窮余の策としてプロイセンから逃れてきた若き錬金術師ベトガーをとらえ、彼に金を作らせることで国庫を立て直そうと図ります。1703年に弱冠21歳のベトガーに化学実験道具が揃った研究室、冶金の経験のある14人の助手や資金を与えて、金を化学的に合成する技術の完成を期待しましたが、当然のことながら、ベトガーにできたことは金貨から純金を分離することぐらいでした。困ったベトガーは逃亡を図りますが捕えられてザクセンの首都ドレスデンに連れ戻され、それ以降、万能の科学者チルンハウスの監督下に置かれるようになりました。

 このチルンハウスこそ、ベトガーの研究を金合成への空しい取り組みから磁器の開発へと向けさせた人物でした。二人の協力によって1707年にベトガー炻器(Boettgersteinzeug)と呼ばれる陶磁器の作成に成功します。これはドレスデン近郊で採取できる陶土を使って中国・宜興特産の紫砂器を再現したもので、最初のうちは観音像や急須など完全に中国風の焼き物を作っていました。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story